96時間

 旅立ってしまいました……
 軽やかですらある声音で、もはや誰にも覆すことなどできない決意を告げにやってきた彼に、さにわができるのはただ見送ることのみです。
 まな板の上に載せられた心地で、96時間を堪能します…

(以下、宗三左文字極ネタバレに関わる話をしています)

 この極はどう考えても神の予感しかないというか……(いや付喪神ですけど)
 修行申し出ボイスの時点で既に最高すぎませんか????
 「……ちょっと、外に出てきてもいいですか?」と、一切前置き抜きでいきなり結論の部分を切り出されたさにわに、果たして頷く以外の選択肢があるだろうか。

  思えば、宗三左文字という、受け身・諦念・絶望と三拍子揃っているはずの刀が、自分から修行を申し出るということ自体が既に大事件なんですよね。 
 完了した任務については「いいんですか? 確認しなくても」 
 隊長に任命されれば「いいんですか? この配置で」 
 遠征部隊が帰ってきた時には「いいんですか? 遠征部隊を出迎えないで」 

  ……こうして並べてみると、宗三はいつも、疑問形の形式を取りつつ、遠回しに彼なりの提案を携えてきているんだけれど、その「提案」とは常に、自分自身の心にまつわることではなく、相手(この場合は、審神者)の行為や意図や都合を推し量っているにすぎないんですね。何しろ刀帳での語りがかつてはダントツで長かったこともあって(今でもそうでしたっけ?)、彼には言葉数が多い人という印象がつきまといがちだけど、よくよく聞いていると、彼は自分の心の中をほとんど訴えない。「僕って本当はこういう刀なんです! 僕のことをわかってください!」というスタンスが彼からは殆ど全く感じられない。どう思われてもいいんですよ、どのみち人の子らが望むような形で生かされるのみなんですから――そう受け流しているように見えます。すべてを受け流す彼は、同時に、誰にも流されない境地にたたずんでいる。 
 そういう刀だと理解していたし、彼の来歴がもたらす諦念、現状に対する追認の、その奥にかすかにきらめく彼自身の意志を見て取って、自分こそが彼の理解者なのだとまんまと勘違いさせられてきたわけです(※個人の感想です)

 
 今回、彼が疑問形で打ち明けたのは、まぎれもなく彼自身の望みであり、しかも実のところ彼は「伺いを立てて」などいないんですね。 
 疑問のようで疑問ではないこの申し出を、口にする前から既に、彼は心の奥底でひとり決意し、その最終的な結論の部分だけをさにわに示してくる。
 あまりにも、あまりにも彼らしい、ある意味どこまでも独りよがりで、そしてこの上もなく誇り高い旅立ちでした。 
 こんなもの、頷いて見送るよりほかに何ができるだろう?