東京都青少年健全育成条例の改正について(2):自分自身の生育環境を踏まえた私見

 基本的に、子供は判断能力が未熟だし見たものを何でも真似する生き物ですが、いけないものを真似したら叱るのが、親を始めとする大人の役割だと思っています。
 ですので、家庭教育の範疇に行政が立ち入るのは越権行為である、という立場を取ります。
 また、子供の成長にとって悪影響を及ぼしうるのは、漫画やアニメに限ったことではありません。言ってしまえば、ニュースなどを見ていれば世の中全体が子供にとっては悪い大人の見本市のようなものです。そんな不健全な世の中にあって、健全な生き方ができるような判断能力を子供に授けてやるにはどうすればいいか。
 法で手っ取り早く規制してしまうということは、大人の魂を自治体に売り渡してしまうということです。
 
 
 うちの実家は古本屋でした。
 歴史的価値のある古文書とか、いかめしい研究書だとかを取り扱うような偉いものではなくて、マンガとエロ本を主力商品とする、まあよくある「普通の街角のちっちゃい古本屋さん」でした。
 なので、当然我が家にはそういった商品の在庫が常に置いてありました。実家の倉庫には、エロ写真集やらビデオやらホモ雑誌やらやおい本(今はBLっていうのでしょうか)やら、各種「いかがわしい本」がどっさり積み上げてあって、実際私も妹も見ようと思えば見放題でした。
 でも、不思議なんですけど、べつにそんな積極的に見ようと思わなかったんですよね。これは本当に。
 ……いや、まあ、中高生になって、友人の影響でやおいに若干興味持ち始めたので、その流れで「薔◯族」とかチラ見したことがあるんですけど(笑)、なんというか、これはだいぶ話が違うなと思い、そのまんまスルーしました(笑)。
 もちろんそんなものを読んだからといって、そこに書いてある内容を実行しようなどと思ったりするわけもなく。いつから知ったんだろうか。本は本、現実は現実、って、少なくとも中学生の頃の私は知ってました。誰かに教わったんだとすれば、それはやっぱり親なんだろうなあと思うんですよ。
 本に書いてあることは現実じゃないんだよ、だから真似するな、なんて説教臭い言い方された覚えも特に無いです。でもいつの間にか分かってたなあ。きっともっと、普段からの何気ない会話で教わってきたんじゃないだろうか。
 
 とまあ、こういうふうに育ってきたんですが、規制推進派の皆さんの掲げる理屈が正しいとするならば、私は今頃、どうしようもなく身を持ち崩したあばずれのはずですよね。幸か不幸か、実際は全く逆なんですが(笑) 恥をしのんで言えば、実に22まで「イナイ歴=年齢」でしたよ(汗)
 ここで一言断っておきますが、別に男性恐怖症だったとかいうことは無いです。普通に片思いしたりデートする妄想したり、でも叶わないからその妄想を小説にしたり…(笑)。そして、22歳で付き合い始めた彼氏と29で結婚して、今それなりに幸せな日々を送っております。俗にいう「リア充」っていうやつですね(笑)
 
 私みたいなのは特殊な例だとおっしゃる向きもあるかもしれません。
 ならば同じように、「本に書いてあることに悪影響受けて身を持ち崩す子」というのもまた特殊例でしょう。
 そもそも、どこのうちの子供だってみんなそれぞれ特殊なんですよ。どんなふうに特殊なのか、は、家庭教育の差であったりその子の個性であったりするのではないでしょうか。
 本が人の心に影響を与えるのは間違いないと思います。でも、それが悪影響かどうかは、その子を取り巻く環境的な要因に大きく左右されるような気がします。
 思い返せば、我が家ではコンピュータゲームの「スーパーマリオブラザーズ」も「迷宮組曲」も家族4人で手分けしてクリアしましたっけ(笑)。そんな我が家が、今思えば嫌いじゃないです。どちらも、主人公が敵をやっつけるという図式。子供一人で遊ばせっぱなしにしていれば、主人公に自分を投影し、いくらでもやっつけていい敵がいる……歪んだ全能感を助長させかねない遊具ですよね。
 本は本。遊具は遊具。それ以上でも以下でもありません。それらと子供とのふれあい方に気を配るのは、親(大人)の役目ではないのですか?
 私が高校時代一番よく読んでいたライトノベルは、「クーデターで王宮追われた怒りのあまり、夜な夜な剣をふるってその国の民をひとりずつ屠っていくヒロインが出てくる話」でした。もちろん彼女はその行ないを止め、その後も自分のしでかしたことについて悩み、またかつては王女だった身として自分の国の動乱について考え、恋をし、成長していきます。
 次によく読んだのは、美形の男性同士の軽い抱擁やキスシーンがある異世界ファンタジーでした。紀行物のようでもあり、心理小説のようでもあり、ミステリのようでもあり。いずれの描写も繊細で、こういうイメージ喚起力のある文章を書きたいと思ってました。
 それらをいちいち、センセーショナルな部分ばかりを見とがめて、「こんなもの読むな」などと咎めてきたり、教育に悪いと出版社に文句を言ったり、自治体に陳情したりするような親のもとに生まれなくて、本当に良かったと心から思ってます。
 
 などということをあまり大きな声で言うと、「あんたは子供を持たないから分からないんだ」とか言われるんだろうか。正直、そういう、「人の親であることを振りかざす」ような空気が規制推進側に漂ってるのが、一番モヤモヤくる点かもしれません。
 人の親であることがそんなに偉いのか。いや、偉いのは間違いないです。その苦労はまだ私には分かりませんが、必ずや大変な努力をされているのだと思います。けれど、子を持つ親だからって、日々苦労しているからって、何をしてもいいわけではないでしょう?
 子供いない奴は発言権無いのかなあ、と寂しくも憤りを感じます。同じ社会の構成員なのに。
 
 昨日、都議会の傍聴から帰ってきて夕食の支度しながらニュース見ていたら、「24歳が76歳の祖母をこたつの天板で殴って殺した」なんて事件が流れてました。子供に見せたくないのはマンガだけじゃない。創作は現実の写し鏡です。
 女子高生が援交する話が多くなるのは、援交が実際行われてるからです。
 
 19歳で芥川賞を受賞した綿矢りささんは、17歳の時に「インストール」を書き上げたそうです。「作中に出てくる風俗チャットは綿矢の創作であり、存在を確認していたわけはない」(Wikipedia)ということですが、そういうものが存在する社会の空気を無意識に感じ取っていたのだったら、まず現実の社会を正すべきですし、そもそも高校生にもなれば、誰に教えられなくても性や暴力について自発的に考えるようになります。それは紛れもなく、健全な発達だと思います。
 
 
 続いてのエントリで、私なりの改正案を書いてみようかなと思います。