廃墟に咲く花

 昨日は帰宅時間がちょいと遅かった…ぐたり。
 例のごとく、休憩室で昼休みにつけてたテレビで、「今日は『天空の城ラピュタ』やるよ~」と番宣やってたので、これは早く帰らなければなんめえと思っていたのが、家にたどり着いてメシ食ってるうちにもう佳境まで進んでいた。
 つーか、あまりに疲れてて、やってるってことを忘れてたってのもあるんだな。
 思い出して、慌ててつけてみたらば、あそこですよほら、ドーラ一家のフラップターで〈竜の巣〉の中に突っ込んでいくシーン。ひとまず一番の見どころは逃さずにすんだらしい。ホッ。
 
 いや、私、ラピュタ好きなんですよ。
 ケレン味たっぷりのムスカ大佐ももちろんですが(まず主人公じゃないのかよ/笑)、なんといってもあの風景…(>_<)  竜の巣に突っ込んでいく辺りから先ってのは、私の涙腺ヤバイですよホントにもう。稲光の狭間にパズーが自分の父さんの姿を見るところに始まって、嵐を突き抜けて天空の庭にグライダーごと落下したシーンの、嘘のような静けさ。  もとは超高度文明だった城の廃墟を埋め尽くすような、一面の草原、朽ちた建物にからまりついて伸びる巨木の根。あるじのいない都を守り続けるロボット兵…  ピポパポ、と目を光らせてシータに小さな花を差し出すシーンは、もう、ひとりで滂沱(T_T) <いや、みてたの私一人だったもんだからさ。  「淋しくないの?」と訊くパズーに対して、肩の上で跳ね回るキツネリスを見やってからくるりと首を回して、また目をピポパポ光らせるロボット。「そうか、全然淋しくないんだね」と笑うパズー、涙をこぼすシータ。私、一緒に泣いてましたがな(;^_^A  弱いのよ、ホントに。こういう、廃墟と花の取り合わせっての。    考えてみれば、ワタシ、もっと抽象的な意味でもこの「廃墟と花」好きなんだなぁと思い至ってちょっと自分再発見。  廃墟:打ち捨てられたもの、朽ち果てたもの  花:ささやかに、たくましく、かつ美しく生きる命  つまりね、絶望の淵でほのかに見える希望の光、それをもう一度信じて立ち上がるさま。コレが私の中での「廃墟に咲く花」のイメージなんですな。  最初から最後まで文句なく輝かしいものには、悪いけどワタシ、あんまり興味ないんです。  輝き続けることができるのは、その人の強さなんだろう。でも、光を見失ってつまずいて倒れてしまった時に、また立ち上がることができるのも、やっぱり強さだと思う。んでもって、私が好きで書きとめていきたいのは、こっちの「つまずいてもへこんでもまた起き上がる強さ」なんだな。    ──おっと、ラピュタの感想からずいぶんずれてしまった(;^_^A  最後にはラピュタは滅びの言葉によって崩れ落ちてしまうけど(そしてムスカ大佐も…たとえ「君のアホ面には心底うんざりさせられる」とか「見ろ、人がまるでゴミのようだ!」なんて言ってても、好きだわこの人やっぱり/笑)、それはすべての終わり、絶対的な喪失じゃない。  パズーやシータの心の中に、形にならないささやかな何かを残した、それは充分「花」って言っていいものだと思うんだ。    あー、私もいつかラピュタみたいな物語を書きたいものだ(遠い目)  廃墟と花の物語を。それから、恋と冒険と、異文明の風をたっぷり詰め込んだロマンを。