某所で話題になってたことでもあるんだけど(引用失敬)、三橋の家って、「お母さんがふたりいるような感じ」なのかもしれない…。
うーん、ちょっと語弊はあるかもだけど、子供が育つのには“父親役”と“母親役”が必要なんだと思うんですよ。
父親=世の中の掟、厳しさを教える
母親=子供のすべてを許し、受け容れる
役割としてはこんな感じ?
(これ別に、前者を男親がやって後者を女親がやらないといけないとか、そういうこと言うつもりはないんですけども。やれるなら一人二役でも構わないし、なんならこの役目、親じゃなくてもいいと思うし。)
でもって、パパもママもどっちかって言えば、レンレンに母親っぽい接し方してきたように見える。そうだとしたら、家の外の世界は怖くうつるよね、確かに。
まあだからって、三橋のパパとママの育て方がいけなかったのかって言われると、そうとも言いきれない微妙なところだとも思うんですけど。
このうちの場合、なんたって両親カケオチでしょう。ってことは、身内の中の少なくとも誰かが、自分たち一家を快く思ってないってことになるわけで。自分たちは好きこのんで選んだ道なわけだろうけども、子供にとっては本来、なんの関係もないはずのことじゃないですか。子供は生まれながらにして、子供自身にはなんの咎もないのに、存在を快く思われてないんですよ。不憫この上ないですよ。
だから、せめて私たちだけは…と。
この世界の誰もが祝福してくれなくても、私たちだけは、この子の存在を全面的に受け容れてあげよう、と思ったのかな。
──でもって、こういう親の必死さって、子供はちゃんと感じ取っちゃうんだよね…
カケオチの意味すら分からないような年頃でも、自分ちが孤立してるっぽいのとか、そのなかで親は一生懸命(すぎるほど)に自分のことを守ってくれてるんだとか、そういう雰囲気を。そして、「ぼくの居場所はここしかないんだ」なんて思っちゃったのかもしれない。
人見知りになるのも、当然といえば当然の話だよね。
それでも、ギシギシ荘時代にはハマちゃんみたいな、引っ込み思案な子でも引っぱり上げてくれる親分肌のおにいちゃんがいたからいいけど(レンレン、本質は人なつっこいと思うんだよ、愛されることを知ってるから)、引っ越して学校も変わっちゃうと、どうやって友達見つけたらいいか分からない。
だいたい、たぶんこの“環境が変わる”っていうこと自体がものすごく苦手なんだと思うよ。住み慣れた世界から一歩外に出てしまえば、そこではもう自分は誰にも必要とされてないかもしれない、誰も自分のことを受け容れてくれないかもしれない、なんて思ってれば、ものすごく怖いよね、「仲間に入れて」のひとことを言うのがさ。
そうやって友達関係の初めの一歩でけっつまずき続けて、小学校時代の残り3年半ぐらいをずっとやってきたわけだ。ひとりで。
……不憫だ……。
小学校残り3年半、ずっとひとり。
中学校はもっとあからさまに、おそらく学校中を敵に回して丸3年。
……レンレン、集団の中で自分のポジションを見つけてうまくやっていく術ってのを、まったく学ぶ機会もなく高校まで来ちゃったってことにならないか?
西浦に入学しても、周りみんな高校生なのに彼だけ心は小学2年の秋頃のままってことだよね。
そりゃあ、みんなレンレンのこと面倒見ちゃうよ……あきらかに弟だもん。それも、かなり年の離れた。
西浦の野球部に入って、いい指導者と仲間=「きみのことは大原則として受け容れるよ、でもダメなものはダメだよ」って言ってくれる存在に巡り会えて、今レンレンは、今までの6年半のブランクを一生懸命埋めようとしてるところなんじゃないかな。
もともと、みんなで何かをするっていうのがどういうことなのか、三橋だって分かってるんだと思うんですよ。ギシギシ荘時代だって、みんなで野球ごっこやってたんだし。たとえばハマちゃんが投げるってことになれば、自分はピッチャーできないんだよってこともあったでしょう。何でもかんでも自分の思い通りには行かないんだってことぐらい、分かってるはず。
そもそも貧乏生活経験してるんだから、望むものが手に入らないっていう事態には、むしろ慣れっこだったと思う。「グローブ持ってないから球拾いしかできなかった」わけだけど、だからってどうやら親に「グローブ買って買って買って!!」とかおねだりした感じはなさそう。自分ちが金銭的に余裕ないってのは、子供だってよく分かることだしね。(経験者は語る/笑)
だから、わがままなんて通るもんだと思ってないんだよ、きっと。あれもこれも望んじゃいけないと自分のこと戒めてきたんだよ。
それでも、どうしても譲れないものができた。たったひとつ。
それが、“投げ続けること”だったんだよね……
中学に入って、自分は経営者の孫で、おそらくおねだりも何もしてないのに自動的に、自分のところにエースの座が転がり込んできた。
断る理由は、なんにもない。けど、自分が投げるといつも負ける。それに、同じ学年にもうひとりピッチャーがいて、しかもその人は自分の親友ときている。
お前ちょっとそれ人としてどうよ。たまには譲るべきだろ。つーかお前消えろよ。一勝もできない投手なんて邪魔なだけ。恥を知れよ恥を。
全部全部、その通りだと心から思っていて、だけど、譲れなかったんだね。それでもって、そこまでしてマウンドにしがみついてしまう自分のことを、本当にどうしようもないヤツだと何度も責めて、それでもマウンドから降りるっていう選択肢を、どうしても選べなかったんだよね。
それを選んでしまったら、もう、あのギシギシ荘の仲間と自分とをつなぐ糸が、全部無くなってしまうと思ったのかもしれない。いったんマウンドを降りたら、なんたって叶君のほうがいいピッチャーだと思ってるんだから、もう二度とオレのところにはマウンドはやって来ない。この同じ空の下のどこかで、ハマちゃんたちも野球やってるかもしれない、オレもやってるよ、一緒だね、っていう希望が、すべて消えてしまう……と。
ひとりで野球はできないけど、的に向かって投げることならできる。結果的に、小学校時代ずっと三橋は、ひとりで黙々と投げこみ練習をしてきたってことになる。だから、ピッチャー経験以外無いも同然だよね。いつの間にか、三橋の中では、野球=自分が投げるっていう構図になっちゃってたのかもしれない。それか、あこがれのハマちゃんがすごいピッチャーだったから、自分も投げたい、っていうふうに繋がってるのかもしれない。
ギシギシ荘から引っ越して以降、三橋のやってきた野球はいつも独りぼっちで、けれど心の中にはいつも、ギシギシ荘時代にみんなでやった楽しい野球の思い出があって、それを消したくないから、たとえひとりででも、野球を続けてきたのかもね。
三星でも、ずっと、“みんなで”野球したかったんだ。本編でレンレン自身がいってたけど。
繰り返しになっちゃうけど、みんなでやるっていうことは、全部自分の思い通りに行くわけじゃないってことで、三橋は確かにものすごく投げたかったのかもしれないけど、だからって理事の孫っていう立場を利用してエースの座をねだったわけじゃないはず。(そんな頭があるとは思えないしね…/笑)
聞き分けは、普通にあると思うんですよ。モモカンにキッパリ言われた時みたいに。
いろんなものと折り合いを付けながらやっていくのが“みんなでやる”っていうことなら、三橋はたぶん、三星でも「いいものはいい、ダメなものはダメ」って言って欲しかったのかもしれないよね。
(だったら、自分から降りれば、っていうことなのかもしれないけど、私的にはそれはちょっと違うと思う。いろんなもの敵に回すようだけど、こういう場面で “自分を犠牲にする”のがいいことで、“人を犠牲にする”のが悪いことだとは、必ずしも思えないんですよ。それって、結局、生き方の選択問題以上の何ものでもないでしょう。選択をどっちにしたかよりも、その選択に責任とったかどうかの方がはるかに重要だと思うのです。
いい人っぽく自分を犠牲にしても、あとで「あの時は本意じゃなかった、○○のために、やむを得ず引っ込んだんだ。本当は自分がやりたかったのに…」とか言い出しちゃうと、醜い話になるよ。逆に、「自分は自分のやりたいようにやっただけ、ことがこんな風にややこしくなったのは、周りの環境がよくなかったせいだ、オレのせいじゃない」とか開き直り始めちゃっても、それってものすごい嫌な人だけど。
大事なのは、自分の選んだ道は、いい結果だろうが悪い結果だろうが自分の責任、ということなんじゃないかな。
三星でみんなに罵られながら投げ続けて、ひとことも監督のせいにしないで、逆ギレもしないで、それでもすこしでも認められようと、必死で9分割のコントロールを身につけた三橋は、自分に責任とったってじゅうぶん言えるよね…)
今、西浦での彼の境遇は、ギシギシ荘時代のものと近いんじゃないかな。
みんなでやる野球。投げたいけど、そりゃあ控えピー作るのが泣くほど嫌なぐらい投げたくてたまらないんだけど、それを呑み込まなきゃいけないのが“みんなでやる”ってことなんだと、レンレンはちゃんと分かっている。
彼、自分で言ってたじゃないですか。「わがままが通らないのがキモチイイ」って。
お父さん、お母さん、チームメイト、監督……大勢の人のなかで、この子は今、ものすごい勢いで人生をやり直してるところなんですよ。
大勢の父親役と母親役に愛されて、ね?