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You're so cool (1)




 ──薄い膜一枚に隔てられたここは、おだやかであたたかな白い闇。



(『コー……カイ?』幼い息子が、ちょこんと首をかしげた。)
(『ああしまった、悪いことしちゃった、やめとけばよかったなぁ、ってことよ』)
(そう説明すると、息子は私の目を覗き上げてきた。涙をいっぱいに溜めてふるふると揺れる、けれど、一切のごまかしを許さない、つよい眼差し。)
(『……した、の? わるいこと?』)
(か細い声で、さらにそう問うた息子に、私は何て答えたのだっけ──……)


***


 とくにこれといった前触れもなく、私はうつつに引き戻された。しんと静まりかえった、家族三人で暮らすには少しばかり広すぎる家。外から聞こえてくるのも、時折そこの路地を走り抜けていく車のエンジン音くらいのものだ。たいして深い眠りではなかったらしい。
 寝そべっていたソファから身を起こす。時計を見ると、九時をいくらか過ぎている。もうそろそろ帰ってくる頃だろうか、廉。夏の大会の初戦の相手が何やらものすごい強い高校だとかで、朝は五時から、夜も九時までの猛練習が始まったのだった。
 一ヶ月半。朝四時頃からあの子の弁当を作り始め、送り出したあと、旦那の朝食の支度までにいくらか寝直し……という生活サイクルをやり通した私も、少しだけ敢闘賞もらえるかしらと思わないわけではなかったけど、実際のところはやはり、あの子たちの頑張りこそが褒め称えられるべきなのだと思う。それから、なんでもうら若い女の人だとかいう監督さんも。
 ほんとうに好きなのでなければ、そうそう続けられることじゃない。廉もたいがいな野球バカだと、親の目から見ても思うけれど、あの子の入っている野球部はひょっとして、みんなこんな感じなのかしら。どうしようもなくまぶしくて、時々、息子の顔が正視できない自分がいる。親バカの極みだわね。
「──あなたは、絶対、間違ってないんだから……」
 虚空に向かってひとりごちる。さっき途切れた夢の続き。心許なさげに立ち尽くす息子の肩を抱いて、私はそう答えたのだった。覚えている。忘れられるはずがなかった。
 廉、あなたには、できることなら忘れてもらえてるといいけれど。
 けれどそれは無理な相談だと、また分かりすぎるほどに分かっている──。



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