(……ミハシ、あんなオドオドしてんのって、やっぱ何かあったのかなぁ)
もはや何度目ともわかんない考えを浮かべると、泉がえらいキツい目でオレのほうじっと見てきた。尋問されてるみたく思えちまう……のは、オレの気のせい?
「なに、泉?」
「なぁ、浜田、それってさぁ」
あ。もしかしてオレ、口に出しちまったのか。
「ひょっとして、遠回しにオレに訊いてんの?」
──一瞬、固まった。
教室ん中。ダイナミックに居眠りぶっこいてたせいで二人そろって呼び出しくらった田島と三橋を、どっちが言い出すでもなくなんとなく待ってるっつー状態。居眠りぐらいで説教くらうのも今さらっちゃー今さらだけど、こいつら授業中に早弁してたのを見つかったっつー前科もあるからなあ。
ともかく、そんなワケで、教室ん中にはオレと泉の二人だけ。
「あ、イヤ、別にそんなつもりじゃねんだけどさ」
本心だ。誓っていい。そのわりに訊かれた瞬間たぶん肩とかこわばったと思うけど。
泉に探り入れようとか思って、口に出したわけじゃないんだ。
ワタワタ手を振るオレのこと、あんまり表情のわかんねぇ顔で眺めて、泉はぼそっと吐く。
「三橋に訊いたら? 訊けるもんならよ。昔バナシを聞かせてくれー、ってさ」
「つっ……冷たいっ。ヤダーお前ちょっとトゲトゲしいー。クラスメイトじゃんかよう。仲良くやろーぜ仲良くさぁ……」
よよよ、なんて壁にもたれかかってみる。ほんのゴアイキョウ。
けど、泉はニコリともしない。
「──オレ、あなたと仲良しクラスメイトやるためにこの学校来たんじゃないんですけど、浜田先輩」
のぞき込んでくる目。がっちり捕まえられて逃げらんない。
とりあえずオレは、今この瞬間、誰かが廊下を通らなかったかどうか気が気じゃなかった。ムリヤリ泉の視線から逃れて、辺りをうかがう。
「いねーよ、誰も。オレだってそんぐらい考えてるよ」
あっさりと泉は言い放つ。
「……あ、そ」
「ヘッチャラそうな顔してるくせにさ。全然気にしてんじゃん」
「……訊かねえの? なんでまだ一年なのかって」
「“バカだから”じゃねー? 違う?」
つくづくと、可愛げのカケラもない声で泉は言う。オレの後追いかけて、センパイ、センパイ、って呼びかけてたあのころの素直なお前はいったいどこ行っちまったんでしょーかね?
「まー、そうなんだけどさぁ……」
「いったい何点取ったんだよ、浜田」
「や、それはちょっと訊かないでくれたまえ泉クン」
「ま、別にどっちでもいんだけどさ」
ってオイ、ハナシ振っといてそれかいお前?
「つーかさぁ、もうしょうがねぇことじゃん実際。要するにお前が決めたんだろ? しょせんどんなことだって、そいつが自分で決めたことなんだからさ。お前がバカで留年したのも、医者通わねーのも野球やめちまったのも、やり直す気もねークセに援団なんか始めやがったのも、全部お前が自分で決めてそうしたんだろ?」
「げー、ヒッデェなー……」
──そう、だ。
あんまりっちゃーあんまりな泉のツッコミに、肩すくめてニガ笑いしながら、オレは思い返す。
ワレながら何を血迷ったのかと思う。こいつらが抽選会から帰ってきたときのことを、オレはたぶんずっと忘れない。「野球部の応援団つくってもいいかな」って訊いたんだ。一言一句間違えやしない。
なんでまたエンダンなんか、ってのはよく訊かれることで。でも訊かれても自分でもわかんねえんだ。毎日毎日、ヘタすりゃ野球部連中の誰よりも大張り切りのカントクのやたらデカい胸だとか、いつもグラウンドの隅から隅まで走り回ってるちっこくて可愛いマネジの笑顔だとか、そのあたりが目当てなのかってのも実によく訊かれたけど、それもよくわかんない。
ただ、心臓バクバクだった。いても立ってもいられなかった。リクツじゃないんだ、No reason、ココロが求めてるってヤツ?
「……じゃねーのかな」
「へ? 何?」
泉のセリフがイマイチ聞き取れなくて、オレは素で聞き返した。
「だから、三橋も。そうなんじゃねーのかな、ってハナシ」
ぽつん、と、泉の言葉はオレの中に落ちた。
自分で決めたこと。人間どんなことでも、キューキョクんとこ自分で決めたとおりの道しか進めないんだとしたら? ミハシのやつが昔何があったのか。ありえねーぐらいにオドオドした態度。あんなオドオドしたヤツになるだけの理由があるとして。誰もが自分の選んだとおりのことしかできないんだとして。
──ぞわっ、と腕の毛が逆立った。
ミハシ、お前……。
***
オレはと言えば、ワレながら何を血迷ったのか援団なんかに名乗り出たもんだから、これまで以上にこいつらとセット扱いされるようになった。三橋があの“ミハシ”だってこともはっきりした。
それでも、まだ、ミハシに昔バナシをせがむことはできない。
(...to be continued)