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Always(2)




 そりゃ、オレだって、初日から気づいてたわけじゃない。
 昼休み、一緒にメシ食うようになって、しょっぱなから打ち解けすぎだろってぐらい打ち解けてきた田島の横で、ひとっことも自分から喋んなかったどころかついに顔すら上げなかった、引っ込み思案なヤツ。ミハシミハシって名前呼ばれるたびごとに、呼びかけたほうがびっくりするほどに肩を震えさせる、細くてちっこいそのクラスメートが。

 ──まさか、あの、ミハシだなんてさ。


***


 何かと気にしィというか、小心者だっていう自覚はあって、たとえばそれは学ランの前全開で着てても腰パンはできないとか、教師を頭ん中でどんだけ呼び捨てにしてても本人目の前にしたら絶対“センセイ”づけで敬語がデフォルトだとか、そういう分かりやすい例はわりと簡単に挙げることができてしまうわけで。
 人間くさくてカワイらしい男、それがオレ。
 だから、この事態が気にならないなんてことがあるだろうか? いや、ない。イミもなく反語で断言しちまうよ。

 新学期、教室入ったオレを待っていたのは。
 ──同じ教室に、中学時代の後輩がいるという、ステキな事態。

 そいつは、オレの姿をみとめると、少しだけ頭下げて、視線で窓際示しながら自分もそっちのほうへ移動してった。
 オレはできる限り何気なくそいつの隣へ行って、窓枠に寄りかかる。
 ……どーしろっつんだよ、まったく。
 そいつ──泉の顔、何となく直視できなくて、オレは天井を眺める。変な間がある。まーそうだろーなぁ。目配せしてきた泉のほうだって、困るだろ、コレ。
 だったら、スルーした方がお互い楽だったんじゃね? なぁ泉?
 横目でちらっと様子を窺うと、泉はまっすぐ前を向いたまま、聞こえるか聞こえないかのぎりぎりの声で。
「──どうも、“浜田”」
 中学時代はそのあとについてた、センパイって言葉を、変わらずにつけて呼ばれんのも何にもつかずに終わんのも、たぶんおんなじぐらいビミョーだったけど。
 固唾をのんで、オレは泉の気配に全身を研ぎ澄ませた。
 おかしいぐらいにキンチョーしてるオレの隣、お前今何考えてる?
「敬語省略でいいっすよね?」

 会わなかった一年ぶん、確かに泉の背は伸びてるけど、オレだって伸びてるから中坊時代とたいして変わんない身長差。顔ときたらガキの頃からほとんど変わっちゃいない。きょろんとした目でオレのほう見上げてくる、小坊以来の腐れ縁。
 そして、妙なトコ妙なふうに肝が据わってやがるのも、昔のまんまで。
 だから肝心カナメの場面で、オレはいつもペースを泉に持ってかれるんだ。

「……んー。頼むわ」
 こうして、暗黙のうちに、不可侵条約成立。

 野球部に入るんだオレなんつって、泉はオレんとこへわざわざ入部届見せにきた。その上「浜田、お前どこ入んの?」なんて質問してくるあたり、たいしたタマだと本気で思ったよ。
 ……まー、“一年生”なんだから? 確かに自然な会話だろうけども?
 泉の態度は、普通のクラスメートとしてマジでカンペキだと思う。少なくとも一年連中は、特殊ルート持ってるヤツ以外はオレの留年知らないらしいし。隠すつもりは別にないんだけどさ、別にすすんでバラすほどのことでもねぇじゃん?
 思いっきりバカにされんならいいのよ。好奇心丸出しで根掘り葉掘り訊かれんのも。でも、腫れ物に触るようにゆるーくフェードアウトされんのがウザイ。つーかキツイ。進級が絶望的だって宣告されてから、山ほど浴びてきたからな、そういう反応は。
 不可侵条約も、いまだ有効で。
 どこからも誰からもそのテの話題は出ないまま、初日が過ぎて、何週間かが過ぎて、オレと泉は何となく自然につるみ始めて。そこに泉のチームメイトふたりが入ってきて、合計四人でひとくくりにされることがだんだん多くなってきていた。
 泉、田島、三橋、それにオレ。野球部トリオ・プラスワン。これがオレらの呼称。
 このクラスは、地雷だらけだとしみじみ思うよ。誰が決めたクラスだか知んねぇけど、すげーいいセンスしてるぜ。
 ──泉と同じ野球部の、一年生エースが、よりによってオレの幼なじみだったヤツだなんてさ。

 なー、“ミハシ”。お前はオレのこと、覚えてないのかなぁ?
 小学二年の、あれは秋頃だったよな。お前、いくら待っても来てくれなくてさ。夜になるまで待ったのについに顔を見せなかった、あの夕焼けの日。あれ以来ずっとだから、オレら、何年ぶりぐらいになるんだろう。

 その間、お前は、オレのこと思い出したりしてくれたのかな?


***


 頭んなかで、何度も会話を繰り広げてる、ひとり上手なオレ。
 サミシー妄想少年だと我ながら思うけど、これが脳内劇場ではけっこう盛り上がるんだな。……途中までは。

『ハマちゃん、久し振り!』
 ──お、おう。久し振り。
『ギシギシ荘の前で……よく、遊んだよね。野球』
 ──あーあー、マンホールのフタをちょうどマウンド代わりにしてな。道路いっぱいに扇形描いてさ?
『あ、あれ、描きっぱなしにして帰ったら、すごい怒られたよね!』
 ──町内会イチのうるさ型オバサンにな。あれぐらいいいじゃんなー子供の遊びなんだしさぁ。
『次の日もハマちゃん、かまわねーからなんて言って、おんなじトコ描き直して……』
 ──わっはは! よっく覚えてんなぁ、お前!
『あのさ、ハマちゃん……どうして野球部入らないの?』

 ここで、脳内劇場はいつも打ち切り。9回ウラ、同点から、出会い頭をしこたま飛ばされてソロホームラン、すみやかにゲームセット。
 ミハシの口から、いつか訊かれたらどうしようかと、気がついたらそんなことばっか考えてる。
 しょっぱな、泉にも遠回しに訊かれたことだ。そん時は、冗談ゆーなよ身体ついてかねっての、なんて答えたんだよな。あいつの顔見る限り、とうてい納得した風にゃ見えなかったけど。
“嘘つかないでください、浜田先輩”ってお前の目が言ってるの、よく分かってるよ。だってオレだってそう思うもんな。や、マジで体力は落ちまくってるけども? 問題はそーゆートコじゃないってこと、オレもお前も分かってる。追求してこねー代わりに、言い逃れも許しちゃくれねー泉。昔っから、そうだったよな。
 ──「お前らのユメ壊したくねぇ」っつーのかな。
 そう、口ついて出てきそうになったんだけど。
 仮にオレがそのまんま言っちまったとして、その時の泉のニラんでくる目とか、“?”ってデカデカと顔に書いたようなミハシの表情なんかを思い浮かべると、代わりに口からもれるのは、われながら芸のないニガ笑いだった。
 このセリフは、反則スレスレ。
 いつもピッと背中伸ばして「浜田センパイ!」って呼びかけてくる律儀な声とか、宝物みたいに大事そうにボールかかえて「ハマちゃん」って息切らしながらオレのあと追いかけてくる舌っ足らずな声とか。
 お前らが、オレを見つめてくる視線は、いつも斜め上向きかげんで。
 オレは、その視線をまっ正面から受けることができない。

 中に入ってけないんだよ。もう、今さらだ。
 ──お前らのその視線は、オレの落ちぶれっぷりをどこまで暴いてくれんのか。それが、怖くてさ。


(...to be continued) 


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