『休まない翼』 第二部

Forget me not -3-


Nanaki・4

 ──結局はオイラを置いてみんな先に行っちゃうんだよ。
 完全にオイラの失言だった。いつも強気のユフィの顔が、泣き出しそうにふっと揺らいだ。
 ……ああ。ごめん、ユフィ。
 オイラそんなつもりで言ったんじゃないんだ。傷つけようと思って言ったんじゃない。ユフィがオイラの気持ち理解できなくても当然なんだ。理解しろって望む方が間違ってるんだってことぐらいは分かってるはずだったんだ。そのことでユフィを責めるような言葉を言うつもりなんかなかった。
 これだけは言ったらおしまいだったのに。
 二本脚にしてはとびっきり長生きなじっちゃんだって百年ちょっとでいなくなっちゃった。オイラが生まれた時からずっと変わらないじっちゃんなんだから、オイラが死ぬまでずっと変わらずあそこに居続けるって、あり得ないことを今までオイラは信じてた。それが裏切られたからって、ユフィにぶつけていいはずがないのに。
 駄目だなぁ。オイラ。
 さっきから、ユフィを怒らせたり悲しませたり、そんなことばっかりだ。こんなんじゃなくて、もっと楽しい話がしたかったんだよ。ユフィが息も絶え絶えに笑い転げるような、楽しい会話でひたすら盛り上がってさ。もう二本脚と深く関わり合うのはこれが最後って決めたんだから、せめて明るく終わりたかったなぁ……。
 ユフィが泣きそうな顔のまま、オイラのことずいっと見つめてくる。
「にゃーすけ、二本脚は好きじゃないっての、口実だったんだね」
 ──それでまた、真実はここに有りって言いたげな強い声でオイラに迫る。だから無理に理解しようとしなくてもいいんだってば。それユフィの悪い癖だぞ。
 曲がりなりにも初恋の相手が先にどんどん大人になっちゃって、オイラと釣り合わなくなってあっちで勝手に自然消滅にされて終わっちゃったとか。ほんの十年ぐらい前には立っててもオイラと同じぐらいの背丈だった幼なじみが今じゃかがみ込んでオイラと話してるとか。じっちゃんまで……オイラを置いてったとか。大きいことから小さいことまで、数え上げればきりがない。
 多分ユフィは誤解してる。いろんないろんないろんなことがあってその度にオイラはヘコんで、でもそのひとつひとつが問題のすべてなんじゃない。オイラだってヘコむけどそれなりに立ち直ることはできるよ。じゃあいったいオイラは何度立ち直ればいいんだろう。ねぇ、いつまで? 生きてる限りずっと?
 ……分かるわけない。ユフィに。
「そういう、誰のせいでもない、どうにもなんないところで引き離されちゃうんだよね……。だから、あんたはツライんだね」
 二本脚の生き急ぐ種族になんか分からない。
「アタシ、分かるよ。あんたの気持ち」
 ────どの口が、そんなこと言うんだよ!!
 オイラは、ほとんど呪うような勢いでユフィを見た。目が炎で満たされていくのが自分で分かる。体が熱い。オイラの中でぐらぐら煮え立つ……この、熱。口を開けば噴き出してしまいそう。
「分かるもん!」
 どうして! 何が! どういう風に!
「アタシがどんなに頑張ったってさぁ、あんたみたいに四百年も五百年も生きられないんだよ!」

 ……はっとした。
 オイラがまっとうに行けば、あと四百年はラクに生きてしまう。ユフィがどんなに長生きしても、せいぜいあと百年がいいとこなんだろう。どっちが悪いわけでもない。どうにもならない──オイラがわざと早死にしない限り。それがいい結果を何ひとつ生まないってのは分かってるから。
 引き離されてしまうことにあらがうこともできない。
 だって、出会っちゃったんだ、オイラたち。四本脚と二本脚で。
 運命は、残酷だ。
「ツライのは、アタシだよ! アタシ……にゃーすけを置いて行きたくなんかないのに!!」
 震える声でユフィは叫んで、そのまんま膝に顔を埋めてしまった。
 返す言葉が見つからないオイラは、自分の膝をぎゅっと抱きかかえるユフィの細い腕をただじっと見つめるしか能がなかった。膝に回した両手を必死で握りしめて……それでも、抑えきれないように肩が震えた。
 あんなにふてぶてしいはずのユフィなのに、何だかすごく小さく見える。
 オイラは本当にダメなヤツだ。自分の悲しみにばっかり逃げ込んでさ。こんなんじゃまだまだいい男には遠いよね、父さん?
 父さんならこんな時どうするんだろう。強くて勇敢でやさしかったオイラの英雄。父さんならそもそも自分の大事な人を泣かせたりしないのかな。どうすればいいのか教えてほしい。でも、答えはオイラが自分で見つけなきゃいけないんだよな。
 嬉しかった。ユフィ。オイラのことで本気になってくれるのが。置いてかれるツラさと置いてくツラさは同じだって言って泣いてくれるのが。
「──ありがとう」
 すん、と鼻を鳴らすだけで、ユフィは何も答えなかった。
 二本脚になりたいなんて今まで思ったこともなかったしこれからも思わないだろうけど、今だけは二本の腕がほしいと思う。そうしたら、自分で自分を抱きしめるユフィのこと、抱きしめてやれるのに。仕方ないからオイラはユフィの肩当てのついてない、むき出しの方の腕を鼻先でなでてやる。
 うわぁ、っていうかん高い声が上がって、ユフィの腕がむずむず動いた。泣いて震えてるんじゃない動きかただった。
「……にゃーすけ、ヒゲ」
「あ……ごめん」
 そうか、まるっきり「コチョコチョ攻撃」になっちゃってたんだな。そりゃユフィは、ケット・シー争奪戦になると必ずオイラのことくすぐって無理やりどかそうとしてたけど、今別にその時の仕返しをするつもりじゃなかったんだ。ホントだよ。
 ……って、わかってるよね、きっと?
 まだ涙の乾ききらない顔をこぶしで強引にぬぐって、ユフィは空を見上げた。
「何かさぁ、メテオもなくなったってのにアタシたち、辛気くさいよね」
 とか言いながら、口調は大して辛気くさくない。よかった。いつものユフィに戻ってきたみたいだ。
「そうだね……」
 何となく顔を見合わせたら、自然に笑いがこみ上げてきた。どんな、口には出しにくい重たい気持ちを抱えていても、二人でいれば笑っていられる。それはカラ元気の仮面なんかじゃない、ほんとうの笑顔で。ユフィと一緒にいられて嬉しい。この気持ちを過去形で語りたくない。
 そうだ。だからこそ。
「……オイラ、やっぱりコスモキャニオンに戻るよ」
 ユフィはちょっと眉を寄せて、少しだけ間をあけて、うなずいた。
「うん──それがいいかもね」
「ちゃんと報告しなくちゃいけないから。それで、少しゆっくりしたら、じっちゃんの言うとおり旅に出ようかと思う」
「ねぇ、ウータイは?」
 とがめるような視線が刺さってきた。オイラは、考える。
 ひとりで生きなきゃいけない、と今しみじみ思ってる。それは孤独に慣れなきゃいけないとかいうんじゃなくて、自分の一生は自分の足で歩くしかないんだってことなんだ。いろんな人と出会っていろんな人好きになって、いろんな人に別れを告げなきゃいけなくなって、それでも、誰かと出会うことを恐れちゃいけないんだ。出会う前から別れる時のこと考えて沈んでちゃいけない。一緒にいられる「今この時」をまっすぐに喜ぼう。
 出会いも別れもそれについてくる喜びも悲しみも、全部オイラのものだから。
「……あのさ。旅の途中でたとえば疲れたなぁって思うことがあって、その時にじっちゃんや父さん思い出したらコスモキャニオン戻る。でも、もしその時ユフィの顔が思い浮かんだら、きっとウータイに行くよ」
「じゃあ、もう二度と会えない可能性もあるってことなのかよ?」
「────」
 正直言って、分かんなかった。何て答えれば正しいのか。まだちょっと、今の気持ちのままウータイに行くって約束しても、それは単なる逃げなのかもしれないって思う。旅の途中でユフィを一度も思い出さないはずがないだろうってことは分かり切ってる。その時のオイラは、胸張ってユフィに会えるオイラかなぁ……。
 でも、気休めも、少しぐらいはいいよね?
「……うん、でもさほら、ひょっとしてひょっとしたらすぐに会えるかもしれないし」
 けへへっ、と変な笑い方を、ユフィはした。
「あー、その方があり得るよねむしろ。にゃーすけ、実はとーっても寂しがり屋チャンだもんねぇ」
「そんなことない!!」
 人がせっかく真剣に考えてるのにコイツは全くもう!
「いいよ、見てろよ。オイラ行かないから! 何があっても絶っっっっっっっっ対、ウータイにだけは行かない!」
 何だかなぁ……こうやって、結局巻き込まれちゃうんだよな。ユフィと一緒にいれば、ゼツボウとかヒソウカンなんて、それって食えるの?ぐらいのノリになっちゃう。名残惜しいな。できることならずっとここでこのままいたい。もし叶うなら。叶うなら。叶うなら……。
 後ろ髪引かれるような思いを、オイラはたてがみをぶんって振って何とか追い出した。
「──じゃあ、オイラもうそろそろ行くよ」
「そっか。……元気でね」
「ユフィもね」
 オイラが何気なく言ったセリフに、ユフィは妙に大げさに反応した。
「あぁー! そうだアタシも戻らなきゃかぁ!」
 そんな……今初めて気づいたように言うことか?
「そうだよねぇ。こんなとこでいつまでも油売ってちゃいけないよねぇ。帰るか、しゃーない! 帰ってオヤジに報告すっか! 目の穴かっぽじって空見てみやがれ! セフィロス倒したぞ、ザマーミロ!! って」
「……もうちょっと別の言い方したら?」
「いーのこれで。アタシのカラーなんだから」
「カラーねぇ……」
 さよならは言いたくなかった。多分ユフィも同じなんだろうと思う。オイラたちはそのまま、何事もないみたいにして背中を向けて別々の方角に歩き出した。オイラはまっすぐ南の砂漠へ。ユフィはひとまず西の港へ。向かう方向が九十度違うから、最初はほんの少しの距離だけど、だんだん遠くなっちゃうんだ。そして、どんなに目を凝らしても見えなくなる。どんなに耳を澄ましても足音さえ聞こえなくなる──
 ────イ・ヤ・ダ!!!
 全身が毛羽立つような感覚にいても立ってもいられなくなって、オイラは振り返りざま全力疾走した。待って、ユフィ。ああもう未練がましくてやんなっちゃうな、でも。
 ……あと、ひとつだけ。
「にゃーすけ……どしたの?」
 走ったってほど走ってないのに何だか息が苦しい。
「……ユフィ、頼み事があるんだ」
「何?」
「ええと、かなり勝手な頼み事なんだけど……」
「──とりあえず、言ってみ?」
 そうか。オイラ、緊張してるんだ。
 でももう引っ込みはつかない。言うしかない。オイラはうなずいて、息を吸って、口の周りを少しだけなめた。
「ユフィはさ、ずっとそのままで、変わらずにいておくれよ?」
 案の定、だ。ユフィは首をかしげたまま、何も言わない。この沈黙を埋めたくてオイラは必死で口を動かす。
「ワガママでゴーイングマイウェイで口悪くてマテリアオタクで、ジョークがきつい上につまんなくて」
「げっ、そこまで言うかにゃーすけ、この!」
 ユフィがにゅっと腕を伸ばしてきて、オイラの首をはがい締めにしてきた。さすがにニンジャのはがい締めは逃れるのも大変で、じたばたもがきながら口は完全無防備になった。ぽろっと、最後の一言がこぼれた。
「……オイラのこと、忘れないで」
 突然、ユフィの腕がゆるんでオイラは地面に転がりそうになった。どうしたのかとユフィを見上げると、腕組みで仁王立ちした姿が逆光で映った。
「──あんた、誰に向かってモノ言ってんの?」
 怒ったようなあきれたような声が届く。
「忘れるわけ、ないじゃんかよ。バカ」
 今この瞬間にオイラの中を暴れ回る気持ちが喜びなのか悲しみなのか切なさなのか安堵なのか、オイラにもよく分からない。この場での嘘いつわりない気持ちを、ユフィは言ってくれた。人の気持ちなんておそろしく不確かなことを、ちからづよく言い切ってくれた。それだけで、背筋がぴんとして、たてがみに勇気が流れ込んでくる。
 大丈夫だ。信じられる。きっと。
 ──忘れるわけ、ないじゃん。
「……そうだよね」
 初めて会った日のことを。みんなで一緒に歩いたあの草原のことを。ハイウィンドで繰り広げたケット・シー戦争のことを。武者震いと爆睡の連続の日々を。今日の別れのことを。
 ──忘れないで。
 長い時がたって何かの話の弾みに懐かしく思い出したりなんかしないで。心の中のどこでもいい。いつも留めておいて。過去のことにしないで。忘れないで。

 覚えていて。

(終)





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