『休まない翼』 第二部

Forget me not -1-


Pre.

 天空からふたつめの太陽が消えたその日、彼は途方に暮れていた。

 これからどこへ行くべきかは分かっていた。何をするべきなのかも分かっていた。彼自身にとっても彼の仲間にとっても自明の理。何ひとつ悩むことはない。そう思われた。
 ――それなのに今、彼の気分は重い。
 原因を彼自身はおぼろげに知っている。おぼろげに、と言うのは、それが心の中を占領し尽くしてしまうのをひたすら避け続けてきたからなのだが、それもそろそろ限界近くにさしかかっている。
(メテオ、防いだよ……じっちゃん)
 頭上を仰ぐ。雲ひとつない蒼穹が、いっそ恨めしかった。思いもよらず身体の中心を熱いものがせり上がってきた、ちょうどその時である。
「にゃーすけ、どーすんの、これから?」





Nanaki・1

 何度言ったら分かるんだろう、全く。いや、何度言っても分からないんだろうなってことはもう分かり切ってるから何にも言わないことに決めてるからいいんだけど……その呼び方、できればやめて欲しいなぁ……。
 オイラがまだ「私」だった頃に初めて会って、オイラレッド13だって名乗ったのにユフィは断りもなくいきなり「にゃーすけ」なんて呼び始めたんだよね、そう言えば。重々しいレッド13のイメージがガラガラ音立てて崩れていきそうで焦ったっけ。
 勝手なヤツ。ほんとにもう。
「どーするも何も、決まってんだろうが。レッドはコスモキャニオンに帰るのよ。待ってろよレッド、ちゃんと送ってやっからな」
「…………」
 シドの運転はいつも暴走気味に速いんだ。文字通り、風を切る、って感じですごく気持ち良くて好きなんだけど、でも今はそういう気分になれない。
 ごめん、シド。
「……んあ? どうした、お前まで飛空艇酔いか?」
 やけっぱちのように青い空が嫌で、ずっと下向いてたオイラに、シドが心配そうに声かけてくれる。いや、心配って言うよりちょっと文句言いたげな口調に近いかな。シドの気遣いって慣れるまでは分かりづらいんだ。
「何でぇ、オレ様の運転で酔うなんざ、どういう了見だ」
 なんて言いながら、スピードは下がって方向転換も少し緩やかになる。オイラはさっきのままでも実は全然平気なんだけど、丁寧な運転になっても乗り物に弱いユフィは関係なしで呻いてる。
「──オヤジ、ちょっと黙っててよ……」
「オヤジだぁ? いいか何べん言ったら分かるんだ、オレ様は心はいつでも少年よ!」
「アタシはあんたに話しかけたんじゃないんだっつってんの、とっつぁん坊や!」
 ユフィ、呻きながらでも、憎まれ口たたくのだけは忘れない。元気だなあ……。
「あぁ、もう! んで、にゃーすけ、どうするつもりなの?」
「どうするも──」
 あ、まずい。言葉が詰まっちゃった。
 どうするもこうするも、オイラはコスモキャニオンに帰るよ。そう言うつもりだった。そう言って、けろっと笑うつもりだったのに。ダメなオイラ。ユフィはそんなオイラの様子を眺めて、それからシドの方に目をやって、ほら見ろっとでも言いたげな表情をしてる。肝心のシドがもうすっかり酔いにくい運転にかかりっきりになっててこっちを見てないのでユフィは腹立たしそうに床を蹴った。何か子供みたい。
 妙に鋭くて、どかどか遠慮もなくオイラの縄張りに土足で入ってきて。子供みたいに、勝手なヤツ……。
「──どうしようかな、って、思ってる」
 溜め息が出てしまう。空がこんなに青いのに。太陽がこんなに明るいのに。風もすごく涼しいのに。赤い星もつぶしたのに。ああ、ほら、ずーっと先の方にほんとに小さくだけど、コスモキャニオンの岩山も見えるのに。
 迷ってる。……何で?
 ユフィの視線に捕まってしまうのが恐くて、オイラはついっと目を逸らした。逸らしながら、横目でこっそり様子を見ると、ユフィは手すりにすがりながらどこともつかない遠くを眺めてた。それで、まるで独り言みたいに、呟いたんだ。
「ねぇ、にゃーすけ。ここいらで降りてみる?」





Yuffie・1

 ユフィちゃんの洞察力をなめちゃいけないよ、ってカンジ。
 シドのオヤジなんかは、何にも分かっちゃいないからあんな呑気なこと言ってたけど、アタシは違う。って言うか、にゃーすけの様子見て、ツラそうだって分かんないのかね? あれが乗り物酔いな訳、ないじゃん。
 んま、でも、言ってみればそれがアタシの存在意義ってやつか。
 ここら辺で降りるなら降りとかないと、ますます有無を言わせてくれない状況になっちゃうだろうし、ここら辺ならコスモキャニオンとは地続きだしちょうどいい。海越えちゃったら、にゃーすけじゃあ船に乗るのもちょっとホネだろうけど、その点アタシなら大丈夫。それどころか、このユフィちゃんスマイル大爆発させれば、楽々ヒッチハイク成功、1ギルも払わずにご帰宅ー!だもんね。ああ、こんなトコまで考えてあげてるアタシ、何て心優しいんだろう。
 ……もちろん、あれ以上ハイウィンド乗ってたらアタシがダウンしちゃうってのが、主な理由なんだけどね。にゃーすけはついでよ、ついで。
「あー、いい天気! 今日も一日ごはんが美味い! ね、にゃーすけ?」
 アタシの大好物の塩おむすび。メテオが衝突しないですんだお祝いだってことで、開店準備中のレストランの厨房に乱入して、テイクアウトまでこぎ着けた代物なのさ。なんだかんだ言って、やっぱりおむすびは余計な具が入ってないのに限る。
 ……って、こら、にゃーすけ!
「ごはんが美味いねって言ってんのよ、何か答えなよ!」
 アタシがにゃーすけのもみあげ(って言っていいのかな?)ぐいぐい引っぱってやると、ようやくこっち側に戻ってきた。にゃーすけは何も見てない目でアタシを見てる。ヤダ。
「──うん、美味いね……」
 ヤダヤダヤダ。やめてよにゃーすけ。そんな、目……。
 アタシとにゃーすけは、宿敵なんだ。ケット・シーをめぐってしょっちゅう争奪戦繰り広げたっけな。アタシはあまりの気持ち悪さに、ベッドですら寝てらんなくてブリッジ行くの。そうすると、神羅本社と通 信してるらしいケット・シーがいて。らーっきー、コイツ毛布代わりにすれば寝られそうって思って、ぐるっと回るとそこにはでーんと陣取ってるわけよ、にゃーすけが! ネコ同士いちゃついてんじゃねーって言って、引っぺがそうにも、寝ぼけてるくせににゃーすけの馬鹿力ったら。
 ライバルなんだよ、にゃーすけは。そこいらの友達とはちょっとばかりわけが違う。
 なのに、何でそんなに遠いんだよ……。
 アタシは何だか寂しくなって、にゃーすけを枕にして草の上に寝そべってみた。くるしい、とか何とか文句たれてるけど知ったことじゃない。ハイウィンドの姿はもうとっくに見えなくなってる。ものすごい勢いで、手漉き紙みたいな雲がざーって流れてく。あれって、ウータイの方角かなぁ。
 ──ウータイ。
 あれれ? ヤダなあ。あんまり帰りたいと思ってない。
 ただいまーって言って足踏み入れたら、もう日常に戻っちゃって、今まであったことが全部夢みたいになっちゃいそうで、まだ帰りたくない。もうちょっとウダウダしてたい。ここで。
「ねー、にゃーすけぇ」
「何、ユフィ?」
 まだおむすび頬張ってるらしくて、モゴモゴ言いながら返事するコイツの声を聞きながら、アタシは唐突に思った。
 ううん、ほんとは、唐突なんかじゃなかったのかも知んないけど。
 アタシはちょっとだけ迷って、でも結局、口に出すことにした。
「……ウチ、来る?」





Nanaki・2

 目の前に何か粒々した団子みたいのが出てきたから何となくかぶりついてみたら、割としょっぱいんだなって思った。オイラ別に何を食べたいわけでもなかったんだけど、どうしても何も食べたくないわけでもなかったから。塩とごはんの味しかしないぐらいでちょうどいいのかも。なんて他人事みたいに思いながらオイラはもぐもぐ団子食べてる自分をやけに遠く感じてた。こんなに、機械的に動くんだ、オイラの体あぁっ──
 ──っと! 頭ががくんっていきなり傾いた!!
 ななな何事!?
「ごはんが美味いねって言ってんのよ、何か答えなよ!」
 耳元でキンキン声がわめき立ててくる。オイラの頭がまたカクカク動いて、それがユフィに横のたてがみ思いっきり引っぱられてるせいだって今頃気付いた。何かオイラ、いろんな感覚、マヒしてるかな。
 とりあえず、オイラどうもユフィ怒らせちゃったみたいだからどうにかしなきゃ。ええと……。
「──うん、美味いね……」
 これじゃ単なる鸚鵡返し。ユフィ、ますます怒っちゃったのかものすごい目でオイラのこと睨みつけてきた。嫌だな、何がいけないのかな、分かんないけどとりあえずごめんね、ユフィ。睨んでたかと思えば今度はしゅんとした顔。その顔のままオイラの胴体にボディプレスかましてきたってどうしていきなり!?
 ねえユフィ、訳分からないよう。って言うか苦しいよう。
 オイラ、結構ゴソゴソもがいてみてるんだけどそんなのお構いなしでユフィはオイラの体を枕にしてる。本気でどかそうと思えばできるんじゃないかって気がするけど、しなかった。何でだろうとちょっと考える。いや、ほんとに苦しいのは確かなのに。
 どかしたくないのかも。不意にそう思った。それは多分、ユフィの頭が重たいだけじゃなかったから……。
「ねー、にゃーすけぇ」
 ユフィの枕になりながらもめげずにごはんの団子食べてると、何の脈絡もなく呼びかけられた。
 まだ口の中にごはんいっぱいだけど、とにかくすぐに返事する。ぼんやりしてるとまたユフィが怒って、その後しゅんとしちゃうかもしれないから。そうなったらオイラも悲しいんだよ。
 ユフィは、何か思うことがあるようにして黙り込む。でもそれが、オイラに対して怒ってるとか、悲しんでるとかじゃないみたいだから少しほっとする。
 しばらくすると、ユフィが言った。
「……ウチ、来る?」
 え?
「えと……何で?」
 オイラはものすごく当たり前の質問したつもりだったんだけど、何故かユフィはまた機嫌が悪くなった。今日のユフィ……難しすぎ。
「何、文句あんの?」
「文句って言うか……だって」
「もうちょっとあんたと一緒にいたいなーなんて思っちゃいけないわけ!?」
 えええっ?
 ──ちょっ、ちょっ、ちょっと待ってそれってつまり。でもそれはやっぱり……。
「ええと……さ。悪いけど、オイラ2本脚は好みじゃないんだ……」
 オイラはこれでもかなり遠慮しながら言ったつもりだったんだけど、ユフィのヤツ、ぶっと吹き出して。
「はぁ? バーカ、何言ってんだよにゃーすけ。アタシだって4本脚は好みじゃないから安心しな」
 きっ……傷ついたぞ、結構!
「そこまで言うことないだろ!」
「その台詞あんたに返してやるよそのまま! 言い出したの、そっちだろ!」
「……ごめん」
 言われてみればその通りだから、オイラは謝った。ユフィのチェッ、と舌打ちしてる音が聞こえる。オイラが突っかかってこないからつまらながってるんだろうなっていうのは何となく分かる。でもごめん、今日はダメみたいだ。
「──で、どうする? 来る、それともやめとく?」
 ああそうか、それ訊かれてたんだっけ。でもどうしよう。ユフィの田舎……行きたいような行きたくないような。って言うより、行きたいからこそほんとに行っちゃったらダメだっていう気がかなりする。矛盾ばっかりだ。まずいな、あんまりぐでぐで考え続けてたらまたユフィが怒っちゃうな。ああでも、何て答えたらいいだろう……。
「アタシんちのすぐ裏に、屋敷あったでしょ。ネコ屋敷って言ってさ、その名の通り猫ばっかり何十匹も! だから仲間とキャットフードには困んないよ。種類豊富、より取り見取り」
 ──シッポがピキーンと立ち上がるのが自分でも分かった!
「オイラは猫じゃない! ふざけんなよ!」
「そんなにムキになることかよ! ユフィちゃんのこのウィットに富んだジョークがどうして分かんないかなぁ!?」
「誰の、どこがウィットだって!? ひっ……人がせっかく真面目に考えてるのにさぁっ!」
 怒鳴りながら、何か今までずっと胸の中にため込まれて凝り固まったものが吐き出せたような気が少し、した。訳もなく笑いがこみ上げてきた。ちょうど泣く直前に似た感じで、体の奥から喉を突き上げるようにして。ユフィを見ると、ユフィもオイラを見てた。目が合った瞬間、はじけた。
 オイラとユフィは、しばらくそのまま、大笑いし続けた。
 ユフィはひょっとして分かってたのかな。ははっ……気付いてて、連れ出して、憎まれ口叩いて? 考えすぎかもな。でも、いいんだ、どっちでも。オイラは泣かなくてすんだから。
 こんなめでたい日にベソベソするなんて、反則だから。
「……ありがと、ユフィ」





Yuffie・2

 やンなっちゃうな。理由訊かれるなんて考えてもいなかったよ。ユフィちゃん一生の不覚。
 だからあんな変なコト口走っちゃったんだよ。「あんたと一緒にいたいなーって思っちゃいけないのか」なんて……うわわわわ。
 って言うか、理由なんか訊くなよバカヤロウ。分かるヤツがいたらアタシの方が教えて欲しいっつうの。だいたいウチ来るかって訊いたのに、「何で?」じゃあ答えになってないでしょうが。それってのは何、どういうこと? アタシんちに何か文句でもあんの? いちいちもっともらしい理由つけなきゃ友達家に呼んじゃいけないわけ? 早い話があんた来たいの、来たくないの?
 気ーにー食ーわーんっ。
 今のアタシと同じ気持ちを、にゃーすけは抱いてないのかなと思って、ちょっと、いやかなり寂しくなったけど、だんだん怒りに取って代わるのが自分で分かる。そもそもアタシ、悲しんでるよりは怒ってるほうが性に合うみたい。そんなアタシ見て、にゃーすけは妙にへどもどし出す。反省してんのかな、なんて思いきや。
「ええと……さ。悪いけど、オイラ2本脚は好みじゃないんだ……」
 うわっ、イヤなカンジ!
 あんまりカチンときたんで、アタシは怒鳴るより先に吹き出した。吹き出すことにしたってところだね。ジョークにしたっていまいちだけど、でもジョークだとでも思わなきゃ解釈できない。
「はぁ? バーカ、何言ってんだよにゃーすけ。アタシだって4本脚は好みじゃないから安心しな」
 しまった、言い過ぎたとさすがに思った。でもこんなのいつもの軽口に毛の生えたようなもんだし、だいたいこれでオアイコだよ。そう思いはしたけど気にはなったからにゃーすけの顔をそろっと見た。ぎんっと目が見開かれてる。ヤバイ。すっかり忘れてたけど、こいつの顔はマジになるとすごい恐い。
「そこまで言うことないだろ!」
 うん、アタシもそう思う。でも口が勝手に反論モードになっちゃってる。
「その台詞あんたに返してやるよそのまま! 言い出したの、そっちだろ!」
 にゃーすけの、そこまで言うことないだろってのは、アタシの台詞の内容じゃなくて言い方を指してるんだ。それぐらいはアタシにも分かる。だから今のは的外れな言い訳。いよいよ収拾のつかない大喧嘩になるって覚悟を決めた。望むところだって思ったんだ。
 アタシはさっと身構えて、にゃーすけの怒鳴り声が飛んでくるのを待ってたけど、意外なことに来なかった。それどころか、コイツ謝りやがった。あろうことか、よ!
 そりゃあ、にゃーすけは普段からそんなに怒りっぽい性格じゃない。アタシたち仲間に対してはひたすら穏やか、はっきり言っちゃえば優しすぎなぐらいだよ。でも今の流れで「ごめん」はないんじゃない、「ごめん」は!? にゃーすけの言葉にカチンときて、悔い改めてもらおうと思って喧嘩売ったよ。でもほんとに謝られちゃうと、すごいヤダって思う。
 ……わがままだなぁ。自分でもマジで、このわがままさには感心するよ。でもやっぱり、アタシのふっかけた喧嘩には最後まで付き合ってほしい。だってにゃーすけはアタシの宿敵なんだから、そこらへん、ちゃんと立場わきまえてもらわないと困る。
 悔しいな。何とかしてコイツを爆発させなきゃ。こうなったらもう意地だよ。
 とは言っても、一体どうやればいいんだろ……。
「──で、どうする? 来る、それともやめとく?」
 思いつかないから仕方なく話戻してみて、それでひらめいた。イタズラ心って言うか確信犯で、アタシは考え込んでるにゃーすけにこんなこと、言ってみる。
「アタシんちのすぐ裏に、屋敷あったでしょ。ネコ屋敷って言ってさ、その名の通り猫ばっかり何十匹も! だから仲間とキャットフードには困んないよ。種類豊富、より取り見取り」
 前一緒にウータイ行った時、にゃーすけはアタシが捕まえてきた新種の猫だと勘違いされてネコ屋敷に入れられそうになったことがあったっけ。それから数日ものすごい不機嫌になってたのを思い出した。クラウドたちが慌てて止めて、何とか実現しないですんだけど。
「オイラは猫じゃない! ふざけんなよ!」
 シッポ立てて、背中丸めて毛並み逆立てて、にゃーすけが怒鳴った。はっきり言って確かにめちゃくちゃ猫っぽいよ。
「そんなにムキになることかよ! ユフィちゃんのこのウィットに富んだジョークがどうして分かんないかなぁ!?」
「誰の、どこがウィットだって!? ひっ……人がせっかく真面目に考えてるのにさぁっ!」
 あ、にゃーすけ今度は謝んない。やった。コイツやっと本気になった。
 それがやけに嬉しくて、アタシはあらためてにゃーすけの顔を見た。そしたらヤツもアタシを見てる。アタシは今から1秒後ぐらいにきっと大爆笑する──それは何にも根拠のない予感だったけど、きっちり実現して、それとちょうどおんなじタイミングでにゃーすけも吹き出した。
 嬉しいな。
 アタシたちはしばらく息も絶え絶えに笑ってた。ハタから見れば妙だろうな。ガンガンに言い合ってて、いきなり同時に笑い出して。でもま、お箸が転がっても笑うオトシゴロだし、いっかあ?
 アタシがさすがに笑い疲れて、肩で息しなきゃいけなくなった頃には、にゃーすけもだいたい収まってきたみたいだ。ヤツはいきなり真顔になって、アタシの顔のぞき込んで、何か言ってきた。笑いにまみれたアタシの脳ミソじゃ、一体何言われたのかすぐには理解できなくて、仕方ないからもう一回頭の中で反芻してみた。
「ありがと、ユフィ」
 ……やっ、やーめーてーくーれーぇぇ……。背中がかゆいってば。
 アタシはすぐさま後悔したね。何たってユフィちゃんは純情可憐なウータイナデシコなんだ。そんな首筋に脊髄の内側からくすぐり入れるようなこと、言うなっ! そもそも……そう、そもそもよ! 何でそこでお礼? 謎だよ。謎すぎるぞにゃーすけ。
 思いっきり不機嫌な顔して──ああでも顔が赤いって自覚があるよ──にゃーすけを見ると、にゃーすけは笑ってた。それも、「にこっ」って言うより「くふっ」ってな感じの。まったく感じ悪いったらありゃしない。勝ち誇った笑み。一瞬でも油断したアタシが愚かだった。こいつ、やっぱり宿敵だわ。
「……別にっ! あんたからかって遊んだだけだし」
「それでも。ありがとね」
 もー……いいわ、もう何も言わん。諦めた。放っとくことにしよう、コイツのタワゴトは。
 アタシがそっぽ向いてると、もうにゃーすけはアタシの顔をのぞき込んできたりはしなかった。アタシに、っていうよりは、空に浮かんでる雲かなんかに話しかけてるような口調で呟く。
「ええとさ……行くか行かないかはちょっと今、悩んでる」
「悩んでるんなら、とりあえず来ちゃいなよ。今すぐコスモキャニオンに戻るの、ツライだろ?」
「何で?」
 雲を眺めてた目をこっちに持ってきて、そんな空々しい質問をしてくる。にゃーすけ……ダメじゃんか、必死で声のトーン上げようとしてるの、分かりすぎ。
「置いてかれるのは、たまんないよ……ねぇ? アタシもさ、ほら、オフクロ死んじゃってるから。もうずーっと前だけどね」
 記憶なんてどんなもんでもそのうち思い出になるし。でもそれには時間が必要なんだ。だからアタシはいい。でも、にゃーすけは?
「そうだね……ユフィは、見かけによらず繊細だから余計ツライよね」
 ──もういっぺん怒らせないと分かんないかなこのバカは!
「にゃーすけほどじゃないよ」
「……何かユフィ、さっきから喋りづらい」
「アタシも。今日のにゃーすけ、喋りづらいって思ってる」
 断っとくけど、「見かけによらず」繊細だって言われたのが頭に来たんじゃない。まーそれも1ミリぐらいはあるかもだけど、でもそんなのほんとに小っちゃいことなんだ。にゃーすけの心配してんのに、いきなりアタシの話にすり替えてしれっとしてるココロガケの悪さ! アタシは断固それを追及したいっ!
 ……全部、アタシの独り合点だって言うのかよ、にゃーすけ?




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