『休まない翼』 第二部

Forget me not -2-


Nanaki・3

 予想も何にもしてないことが起こると、普通誰でもびっくりすると思うんだ。たとえば道端にいきなり魚が跳ねてたりとか、水の中で猫が歩いてたりとか、ノックもされずに部屋に入ってこられたりとか、自分の本名と全然関係ない名前で自分のこと呼ばれてみたりとか。
 思いがけないことって、お互いびっくりするから、普通なるべくしないんだよね。でも、中にはそういう「普通」が当てはまらないヤツもいて。
 でもって、普通そういうヤツのことは嫌だなって思うんだけど、今のオイラ、そういう「普通」に当てはまってなかったりする。それが何だか分からないって言うか納得いかないって言うか悔しいって言うか。
 いっつもそうだ、ユフィは。ノックなんか絶対しないで、ドアをズドン! びっくりしてる間に、ペース持ってかれちゃう。オイラがユフィの勧めるままにウータイ行くかどうか考えてたら、コスモキャニオンに戻るのはツライだろって訊かれた。どうしていつもそうフェイントで来るんだろう。自覚あんのかな。はっ、ひょっとして確信犯なんだろうか。いや、あのユフィがそんなに込み入ったことぐでぐで考えそうには……見え、ない、かな?
 とにかく、今ここでペース持ってかれたらまずいんだ。手ごわいけど、頑張ってみる。
「──何で?」
 ゆっくり、ユフィに顔を向けた。自分の今の表情オイラには見えないからじっくりシミュレートして。
 よし、これで大丈夫なはずって思った。ユフィがオイラのこと見てくる、その表情だけじゃ成功してるかどうか分からないけど、もう後には引けないんだ。オイラはぐっと体中にリキ入れながら、何でこんなにリキ入ってるんだろうって思った。変なの。オイラ、何もツライことなんかないのに。ユフィが何考えてるのか知らないけど。
 ──故郷に戻るのに、ツライことなんか、なーんにもないのに……。
 オキテ破りのユフィは、その、オイラのこと見る目をぐっと強くして、置いてかれるのはたまんないよねって言ってきた。まるで真実はここにあるに違いないんだっとでも言いたげな強い声。居心地悪いな……人の縄張りに土足で入ってくる無礼さが? それとも?
「アタシもさ、ほら、オフクロ死んじゃってるから」
 今更のようにオイラは思い出した。母さんに死なれて父さんを軽蔑してて。結構オイラと共通 点が多いユフィの家庭事情。ユフィ、普段はアッケラカンとしてるからつい忘れてしまう。
「そうだね……ユフィは、見かけによらず繊細だから余計ツライよね」
 見かけによらずってのは余分だったかなってちょっと思った。でも、余分だったらユフィは絶対何か文句言ってくるはずだ。それとも、余分な言葉ははなっから耳にも入れないで、そうそうアタシってチョ〜繊細な乙女だからぁ、ぐらい言うかも。ああそれの方がありそうだ。でも失礼は失礼。謝んなきゃな……。
 なんてこと考えてたから、ユフィが実際に言った台詞はオイラにとって完全にフェイントだった。
「にゃーすけほどじゃないよ」
 逃げられない。こわいかお。まずい、オイラまたユフィ怒らせちゃったらしい。どのあたりが原因なのかはよく分かんない──心当たり、ひとつじゃないから。もともとユフィはすぐ怒って、すぐ機嫌直す気まぐれなヤツだけど、今日はいつも以上だ。何か今日のユフィは喋りづらいって言ったら、ユフィもオイラと喋りづらいって言った。
 嫌だな、こんな会話……。
 気詰まりで、黙り込んでしまう。ユフィも何も言わないから、重い重い、そりゃあ重ーい沈黙が流れてく。糸口のひとつも見つからないでオイラが途方に暮れてると、ややしばらくしてユフィがやっと喋りだした。
「あのさぁ、あんたにとってアタシってどういう存在なわけ? そんな風に、肝心な時に、何も頼ってもらえないんじゃ、アタシも少し考え変えたほうがいいのかなぁ」
「――そんな言い方卑怯だ! 何でもかんでもホイホイ人に言えるわけないだろ!!」
 ……って、しまった、これじゃあナヤミゴトあるけど言えませんって言ってるのと同じじゃんか! 人に頼らなきゃいけないことなんか何もないしっていう路線で行ってたのにこれで全部パー。ユフィがいけないんだぞ。あんなこと言うから……友達だったら吐け、吐けないんなら友達やめる、なんてムチャな二択持ち出すから。
 答えがあらかじめ決まりきってる質問平気で投げかけてくるなんて、卑怯だ。
 オイラが言えずにいること全部、ミッドガルにあったテレビとかラジオみたいにしてユフィに見せたい。
 オイラがユフィをどんな存在だって思ってるか、心の中かち割って見せられるもんなら見せてやりたい。
 でも……そんなこと、仮にできたってツライだけだから。オイラですら持て余してるオイラの気持ち、そんな風にダイレクトに見せてもユフィはきっとなおさら困る。オイラの思ってることがユフィを困らせるんだとしたら、そんなの、最初から言わないほうがマシ。
「友達だって言えないことも、友達だから言えないこともあるよ。だってさ……オイラとユフィじゃ脚の本数からして違うだろ?」
 ものすごい嫌な台詞だってことはオイラだって百も承知だ。取り返しがつかないぐらいユフィを怒らせることになるだろうなって思った。それでも、仕方がない。ここだけは、ハッキリさせておかなきゃならないんだ。だから敢えて言う。たとえユフィの顔をまともに見ることができなくても。
 脚の本数の違い──と、そこから導かれる、もっと決定的で絶望的な、オイラとユフィとの違い。
 これイジョウなにをいってもツタワラナイ。
「……言いたいことはそれだけかよ」
 ユフィ。そうやって怒ってくれる気持ちは嬉しいけど受け容れられない。受け容れるわけにはいかないんだよ。
「もういいよ、分かったよ! あんた1人で勝手にすれば!?」
 だってオイラはやっぱりユフィとは全然違う平面を歩いてるから。
 それってのは、イキゴミだけじゃホントにどうにもなんないことだから。
 だからユフィは勘違いしてるんだ。今、多分ユフィはオイラのことかなり深い友達だと思ってくれてる。オイラはユフィのことすごいいい友達だと思ってる。これがそのまんまオイラのなぐさめになってくれるんならどんなにいいだろう。今現在のことだけを確かめあって、それで安心できるんならオイラだってこんなに暗くなってない。
 オイラはこれから先もずっとユフィを好きだと思う。いいや、絶対好きだ。断言する。たとえ何があっても間違いなくユフィはオイラの親友だよ。オイラが死ぬ まで必ず。
 ユフィの気持ちがオイラより弱いなんて思ってない。うぬぼれとかじゃなくて。ユフィはやっぱり、死ぬ までずっとオイラのこと友達だと思ってくれるんじゃないかなぁ。
 おんなじ。なのに、全然違う。
 好きだって気持ちに見返り求めちゃいけないってのは分かってる。でも実際は、見返り求めないなんてムリ。オイラはこれから先ずっとユフィが好きで──ユフィに限らなくても、じっちゃんとか、それ以外にももっともっといろんな人のこと好きになって、好きでい続けて──そうするともうたまんない。こんなこと思ってもどうにもならないのは分かってるけど、それでも、やっぱり、思っちゃうんだよ。
 みんな、ずるいなぁって。
 ユフィ。だからきみが考えてることは多分見当違い。でもそれもしょうがないことなんだ。ユフィがそういう見当違いをするのは二本脚だから。それは誰のせいでもないことで。だからそういう見当違いをするきみを責めるように、ホントの気持ちを言うことなんかできないよ。





Yuffie・3

 止めてくれるな、アタシに何を言ってももうアタシはあんたなんか知らない。あんたにはアタシなんか全然必要じゃないってことなんだろ? そこまで言われてまだすがりつくほどユフィちゃんは堕ちてない。
 未だかつてないほどぶんぶんに怒ってるよ、アタシはっ。
 全く、あのバカ、何て言った?
「だってさ……オイラとユフィじゃ脚の本数からして違うだろ?」
 だぁ? どうせアタシとにゃーすけじゃあ脚の本数が違うから何言っても無駄って、そういうことかい。そういう外見上のくっだらない偏見とうに乗り越えて友達だって思ってたのにさ。それ、アタシの思い違いだったってわけ? アタシひとりが勝手に友情なんてもん感じて、舞い上がって、熱くなって? それ見てにゃーすけは、困ったカンチガイ女だなぁなんつって?
 ……あぁああああっ、恥ずかしいっ!!
 何がみっともないって、自分の好意がカラ回りすることほどみっともないことはないよ。
「もういいよ、分かったよ! あんた1人で勝手にすれば!?」
 アタシはそう言い捨てて、バカにゃーすけをその場に取り残して歩き出した。もう何言ったって無駄 だよ。謝ったってダメ。泣いたって絶対ダメ。ウータイナデシコは鉄の意志を持ってるんだから。アタシは1人でウータイに帰る。さっき一瞬血迷ってあんなヤツに一緒に帰ろうなんて言い出したけど、あれは撤回。じーさんのいないコスモキャニオンに戻るのがツライくせにこんなカワイイ女の子の誘いにも乗りそこねちゃった残念さ、せいぜいその場でじーっくり味わってろってんだ。
「今更止めたって、無駄なんだから……」
 あんまりにも頭カッカさせながら歩いてたんで、知らないうちに何だか全然関係ない方向へ向かってるらしいことに、今になってやっと気付いた。港に行かなきゃ話になんないから、方向転換する。そのついでに、にゃーすけの様子を見る。港への道を確認してる最中にたまたま目に入ってきたにゃーすけは、さっきからずっと、あの場所であの姿勢のままだったらしい。
 ──何やってんだよ、あんなところで。
 魂の抜けた人形みたいに、イヤにおとなしく座り込んじゃってさ。1人で勝手にしろって言われて、ホントに1人でいるバカがいるかよ? 追っても来ない、怒鳴り返しもしない、ただ呆然とそこにいるだけのにゃーすけ。
 イヤだよ。たまんないよ。
 アタシが何言っても、にゃーすけには届かないって言うの? しょせんアタシは2本脚でにゃーすけは4本脚だから? アタシの言葉全部、にゃーすけの横を素通 りしてるみたいで悔しい。
「……逆ギレのひとつもかましてみやがれってのよ!」
 地面、蹴っ飛ばして、アタシはしょうがないからバカのところへ戻ってやる。にゃーすけはアタシがずいぶん近づいてからやっとアタシに気付いたように顔を上げて、「あ、ユフィ」なんて気の抜けた声出してきた。しっかりしてくれよ、ホントにもう。
「アタシもさ……いろいろポンポン言い過ぎたよ。ごめん。……もう余計な口出ししないからさ、あんたの隣にいるよ。いいよね」
 にゃーすけは特に何も言わなかった。だから了解ってことだと解釈して、アタシはにゃーすけの隣にあぐらをかく。
 余計な口出ししないって言った以上アタシ何も喋れないし、にゃーすけもひたすら無言だから、何だかアダマンタイマイに上に乗っかられたぐらいの重っ苦しい沈黙が流れた。もうそろそろアタシの口が限界にさしかかってきた頃、ぽつんとにゃーすけが呟いた。例によって、雲に話しかけるみたいにして。
「──寂しいって、思う気持ちに慣れとかなきゃいけないから」
 ……どういう意味なんだか、あんまり分からない。けど、それは違うってとっさに思った。とりあえず余計なこと言っちゃいけないっていうのを思い出したんで口つぐんどく。
「オイラ、ホントにガキだからさ……。今のうちにちゃんとひとりぼっちになる練習しとかないと」
 ────!!!
「そんなこと一体誰が決めたのさ!?」
 条件反射。自分の口から出てきた言葉がなんなのかアタシ自身にも分かってなんかない。でもこれだけは分かる。
 ──もうどうしようもない。止まらない。
「ああもう、余計な口出さないって言っときながらさっそく破ってるけどごめんねっ! 何、あんた、これから先ずーっとひとりでいるつもりなの?」
 バカみたいにきょとんとした目を向けてくるにゃーすけがやけに苛つくんだよ。ちくしょう。
「この先、どこに行こうが誰と出会おうが一切関わり持たないで、一生ひとりで? あんたのそばには誰も寄っちゃいけないわけ!? あんたと一緒にいたいなーってヤツ、きっとたくさん出てくるよ。そういうヤツらの気持ちはどうなるのさ? あんたちょっとは周りのことも考えたら!?」
 苦しくなったんで息をつく。ここまでほとんど一息だったんだからしゃーない。
「余計な口出し、以上!!」
 姿勢をずっと崩さずににゃーすけは、今度はきょとんではなくてじっと、アタシを見てる。アタシの言葉、にゃーすけに聞こえてるだろうか。もっと大きな声出せばもっと聞こえるのかな。もっと言葉重ねればもっと届くのかなあ。
 ……分かんない。
 二本脚と四本脚では分かり合えないってにゃーすけが本気で思ってるんなら、アタシの言葉全部ムダなんだろうか。何も答えないにゃーすけ。アタシ、何にも言わないヤツの気持ちまで察してやること、できないよ。
 視線のやり場がないから仕方なしに流れてく雲眺めてたら、視界の端っこで赤い塊がもぞっと動いた。落ち着かないように、何度も姿勢変えて……何か、言おうとしてるんだ。言ってよ。アタシの声、聞こえてるなら。何抱え込んでるのかあんたのココロの中、見せてよ。アタシに。
 ──待ってるから、さ。
 うん。今度こそ、黙ってよう。このユフィちゃんが何も言わずに待っててやるんだぞ。ひたすら黙ってあんたのセリフを。どーゆーことか分かってんのにゃーすけ?
 黙りこくってると時間って長く感じるからホントはどれぐらいたったのかは分かんないけど、草をさーっと鳴らして通り過ぎてく風の音も、鳥が鳴く声も、やっとおそるおそる家ん中から顔出し始めた人たちの話し声も全部現実味がなくなって、夢の中の音みたいに思えてくる。そんぐらいの時間は、流れたんだろうな。
 そんなこと思ってると、すごい近くで、息を吸う音が聞こえた。空耳じゃない、間違いなくそう分かる。
 にゃーすけの口が動く。
「……うん、でもさ、ユフィ」
 見てるこっちが溜息出るぐらいかなしい笑顔を向けてくる。
「そういう風に思ってくれる人たちも、結局はオイラを置いてみんな先に行っちゃうんだよ」

 小さい声が、小さいしずくみたいに、アタシのココロにぽつんと落ちた。切れそうなぐらいに冷たいしずくがアタシの中の奥深くまでしみ込んでしみ込んで、凍傷みたいにひりひり痛んだ。
 ……にゃーすけ。
 分かんなかった、アタシ。今までずっと。
「──にゃーすけ、二本脚は好きじゃないっての、口実だったんだね」
 誰よりも近くにいるつもりだったのに、分かんなかった。
「コスモキャニオン、行って、ああこいつすんごくいい育ち方したんだなって思った。あの環境で生まれて育って、二本脚を嫌いになるはずないよね。アタシ、胸張っていばれるほどあんたのこと知らないけどさ、こいつ人間が大好きなんだなってのは、見てて分かるよ」
 四六時中一緒にいたのに、ちっとも気づいてやれなくて。じーさん大好きでオヤジが大嫌いだったにゃーすけ。オヤジの真実知って、見直して、旅立ち決意した矢先にじーさんに死なれて。こいつの悲しみの一部始終を見てきたつもりでいたけど、ホントのところは何にも分かってなかったんだ。
 恥ずかしい。
「だってさ……あんたの種族は別にあんたの意志でもって四百年も五百年も生きるわけじゃない。アタシだって、命は短い方がいい、せいぜい長くても百年ぐらいかななんて思って人間に生まれてきたんじゃないし。そういう、誰のせいでもない、どうにもなんないところで引き離されちゃうんだよね……。だから、あんたはツライんだね」
 結局はオイラを置いてみんな先に行っちゃう。──そう言った。でも、にゃーすけ。
「アタシ、分かるよ。あんたの気持ち」
 にゃーすけがものすごい目つきでアタシを睨んできた。何か言いたそうに口が動いたけど、アタシは言わせなかった。
「分かるもん! アタシがどんなに頑張ったってさぁ、あんたみたいに四百年も五百年も生きられないんだよ! ダチと一緒にいるためにできることならアタシ何だってする。あんたが例えばマテリア目当てで洞窟入ったら出口がふさがって出てこれなくなっちゃったって言うんなら、それが地の果ての洞窟でも助けに行くよ。コスモキャニオンに帰ってもじーさんいなくて寂しいからアタシに代わりにそばにいてくれって言うんなら、ずっとあの砂埃だらけの山ん中に居座ってやるよ。でも、そうしたって、結局あんたとずっと一緒にはいられないんだ。アタシはあんたみたいに長生きできないから」
 ヤダ。声が詰まる。
「ツライのは、アタシだよ! アタシ……にゃーすけを置いて行きたくなんかないのに!!」
 ……こんな、泣き言。
 もうにゃーすけの顔なんかまともに見らんない。




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