『Noisy Life』side story サンタ・クエスト (お題:砂糖菓子 /「モノカキさんに30のお題」より)
『えぇー?』
いらないよぉ、なんにも。笑いながら、大島さんはそう答えた。 クリスマスにふたりになるのは初めてだから、なにかプレゼントぐらいあげなきゃポイント低いのかなぁと思って、訊いてみたんだ。ぼくはどうもほかの人よりぼんやりしてるらしいから、どこかで知らないうちに大島さんをがっかりさせてたら嫌だから。 こういうのは、内緒で用意していきなりあげるのが“イキ”なんだぜ、って友達は言ってたけど、何をあげればいいのかぼくにはわかんない。 だから、訊いてみた……んだけども。 『だって、クリスマスだからって、久住くんだけあたしに何かくれるっていうのは変でしょ? そしたらあたしも何か久住くんにあげなきゃ、不公平だよね。でも、そうやって、お互いプレゼントの物々交換になるんなら、そのお金使って、当日ふたりの行きたいトコ、いっぱい行ったほうがいいじゃない?』 ……思わずうなずいてしまった。 大島さんはいつでも、きりっと現実的で、そういうところがかっこいいなぁとぼくは思う。 『あ、でもね……』 ちょっと声をひそめて、大島さんはつけたした。首を少しだけ引っ込めて、いたずらっ子みたいな笑顔で。 『どうしても何かくれるっていうなら、あれがいいなぁ。サンタさんの形の砂糖菓子』 ***
──あれは、忘れもしない、小六の二学期の終業式の日。 帰りの会が終わって、もらった通信簿をランドセルにしまっていると、後ろから話しかけられた。 「なあ、えーちゃん、お前サンタっていくつぐらいまで信じてた?」 「え?」 一瞬、意味がわからなくて、ぼくは首をかしげて、もりちゃんも同じように首をかしげているのが見えて。 「……え?」 そして、突然、思い当たった。 「────えええええぇっ!?」 ええと、ちょっ、ちょっと待って。“信じる”ってどういうこと? そうだよ、まずそこからしておかしいんだ、もりちゃんの言ってることは。 だって、“信じる”か“信じない”かって、それがほんとにあるのかどうかよくわかんない、どっちかって言えばうさんくさいようなものについて言う言葉じゃないの? サンタクロースって、“信じる”ものだったの? っていうことは、要するに、サンタクロースって、「いない」可能性があったってことになるわけで。 だとしたらぼくがずっと毎年もらってきたあの、鍵盤が光るキーボードとか、お魚型シロフォンとか、小さいアコースティックギターとか、ああいうのは誰がくれたってことになるんだろう。朝起きたら枕元にプレゼントがあって、わあこれぼくの欲しかったものだって叫んで下に降りていったらいつもお父さんもお母さんも「おお、さすがサンタさんだな」なんて言ってたじゃんかぁ……。 うう、サンタクロース。気配はあるけど、姿は見えない。ぼくを悩ませる謎のおじいさん。 ねぇ、ジツザイするって、どういうこと? ぼくの頭はそんなテツガク的な疑問でいっぱいになってて、目の前に電柱があるのに気付くのがちょっとおくれて顔面衝突したり、いきおいよく身体が倒れそうになるのにびっくりしたらそれは足もとに転がってた石ころのせいだったりしながら、やっと家にたどり着いた。 玄関に入ると、でっかい声で奏《かな》ちゃんが何かどなっていた。奏ちゃんがどなるのはいつものことだ。 「ただいま。どうしたの?」 「映ちゃん、お母さんがね、ケーキ見せてくれないの!」 「何度も言ったでしょ。夕ご飯の後のお・た・の・し・み」 「べつに今食べるなんて言ってないじゃん、ちょっと見たいって言っただけじゃんっ」 ……そんなことで……。 奏ちゃんは悩みがなくていいなぁって、ちょっとぼくはうらやましくなった。 「あー、映ちゃん、今そんなことでどなってたのかよって思ったでしょ!」 そのとおりだったけど、ぼくは答えなかった。むくれた奏ちゃんを刺激するととっても危険だから。でも、答えなくてもおんなじだったようだ。 「そっぽ向いてごまかすなー! さっき“ふっ”って笑ったの、見えたんだからね」 映ちゃんのくせに生意気、なんて奏ちゃんは続けた。のび太くんみたいな言われようでちょっとむっとする。 そんなことよりも、ぼくはもっと「コウショウ」な疑問をかかえているんだ。クリスマスケーキがどんな形かなんてことよりも、ずっと大事な、ぼくの人生にかかわる(かもしれない)ことなんだ。 サンタクロースは、いるのか、いないのか。 いるんだとしたら、会ってみたい。それで、もりちゃんにも見せてやりたい。 もし、いないんだとしたら? ……いないとしたら、じゃあ、サンタって一体何ものなんだろう。いないのにみんなが名前を出す、サンタって、一体何もの? でも、だって、ぼくはずっと、いるって聞かされて今まできたんだよ。 お母さんなら、ほんとのことを知ってるのかな。確かめてみなくちゃ。 「ねえ、お母さん、教えて?」 なぁに、って答えたお母さんは、箱からケーキを取り出してるところだった。ケーキ見せて、ダメ、のやり合いは、けっきょく奏ちゃんが勝ったのか。 「サンタって、いるんだよね?」 「────」 ……なんだかものすごく変な感じの間があった。 「どうやったら会えるのかなぁって……ぼく、もりちゃんに見せてやりたくて」 「むーり、無理、無理っ!」 答えたのはお母さんじゃなくて奏ちゃんだった。 「いないんだから、会えるわけないじゃんっ。えー、なになに、映ちゃん今まで信じてたんだぁ!」 「こら、奏!」 お母さんが声を上げて、奏ちゃんが首をちぢめている。あぁ、とぼくは思った。わかっちゃった。ケッテイテキ、だった。 サンタって、どうやら、ほんとにいないらしいってこと。 でも、と、ぼくは首をふる。むりむりむり……と頭のまわりでぐるぐる響く奏ちゃんの声。どうにかして振りはらえないもんかと、そればかり思った。 だって、そんな、どうして。 「いないなんて、聞いたことないよ、ぼく! 奏ちゃんだってそうでしょ、そんなこと、一度も、だれからも教わらなかった!」 「あたしだって、ないよ、教わったことなんか」 笑うような声で奏ちゃんが言う。 「でも、わかるよ、ふつう。学校でみんなと話するじゃん」 「サンタがいるかいないかって、話し合いになんか、なったことないし……」 「そんなこと、するはずないじゃん。だってジョーシキだもん。だいたい、お姉ちゃんだって知ってるよ。お姉ちゃんが知ったとき、あたしも一緒にわかって、なのになんで映ちゃんだけわかんなかったわけ? 同じ小六として恥ずかしいよね」 ひどい、奏ちゃん、そこまで言うんだ! 「うっ……うるさいなあっ!」 うう、へんな声。目が熱い。まずい、泣きそう。 でもそれはいくら何でもほんとに恥ずかしいから、ぼくは必死でがんばった。 「……奏ちゃんだって、ほんとは知らないくせに。いるのか、いないのか」 「映ちゃん、オウジョウギワ悪い!」 「“会ったことない”ってことだけじゃないか、ぼくたちがわかるのは。会ったことがないからって、いないってことにはならないよ!」 「へりくつだよ、そんなの!」 奏ちゃんはそう叫んだけど、ぼくだって、わかってる。自分で言いながら、これがへりくつだってことぐらい。 でも、いやだった。どうしても、認めたくない。 だって、サンタがいないんだとしたら。ほんとにサンタクロースがいないんだとしたら。そしたら。そしたら……。 「じゃあ、これは!?」 ぼくはケーキからサンタのお菓子をむしり取った。このサンタ。赤いコートに白いひげ、おっきな袋を後ろに下げて。毎年おなじみのおじいさん。 「どこにもいないのに……誰も会ったことないのに、どうしてみんな、おんなじサンタなんだよ。何で、どのサンタも、おんなじかっこしてるの? 誰も見たことないんだったら!」 どうしてこんなに泣きそうなのか。どうしてこんなに認めたくないのか。何がこんなにくやしいのか。悲しいのか。会ったこともないサンタクロースがいないからって? プレゼントくれるおじいさんなんて、うそっぱちだったんだってことが? じゃあ、ぼくは、プレゼントもらえなくなるのがこんなに悲しいんだってこと? ……わかんない。 もう、わかんない。何がなんだか。 ぼくはたまらなくなって、外へ駆け出した。 庭にサンタやトナカイの置物をかざってる家とか、枝に電球いっぱいつけてる木とか、サンタのかっこしてピザの配達してる人とかを見ながら、ぼくはがしがし自転車をこいで、気がついたら川のすぐ近くまできていた。 大きな川が大きな土手の向こうにあって、土手のこっちがわの道路には木がならんでて、その木にもやっぱり、電球がびっしりついていた。 でも今は、ほとんど誰もいない。 夜になったら電気がついてきれいになるからみんなここに来るのかな、なんて思ったけど、ぼくはたぶんここの、あんまり人がいないのが好きなのかもしれない。 むちゅうで自転車をこぐと、いつも、いつの間にかここに着くから。 ぼくは自転車を降りて、土手の上に押していって、そのまま土手を歩き出した。ここからだと、向こうのほうの家までよく見える。どの屋根にも、煙突はひとつもなかった。 (煙突がないのに、どうやってサンタは、うちに入ってくるの?) って、むかしお母さんに訊いたことがあったような気がする。うん、今日みたいにして。 そしたらお母さんは、やっぱり、今日みたいにちょっとだけ黙って、それから答えてくれたんだっけ。映ちゃん、実はね、って、にっこり笑って。 (実はね、お母さんもサンタさんが入ってくるのを見たことはないから、よくわからないのよ。でも玄関からガチャガチャ音鳴ってたような気もするなぁ) (ええっ、玄関が?) (きっとサンタさんは、いろんな家の鍵を持ってるのね。たくさんのお家にプレゼント配るんだから、鍵束も、きっとじゃらじゃらよ) (『かぎばあさん』みたいなのかなぁ?) (うん、そうかもね) サンタクロースは、ほんとに、かぎで玄関のドアを開けて、入ってきてたんだ。でも、サンタが持ってたかぎは、うちのかぎだけだったんだ。 ……だって、サンタは、ほんとはお父さんだから。 わかってたんだ。ううん、負けおしみとかじゃなくて。 わかってたとまでは言えなくても、心のどっかで、何となく気づいてたんだ。サンタって何かちょっと、いるとは思いにくいなって。 でも、毎年、“サンタさんからのプレゼント”は届いて。 ぼくにはわからない。何で、子どもはみんな、サンタを信じるのかってことが。なんで、いつかは必ずサンタがいないってことを知らなきゃいけないのに、おとなは最初からそう教えてくれないんだろうってことが。 サンタがいるって思ってるのが子どもで、いないって知った時におとなになるんなら、ぼくは、最初から子どもじゃないほうがよかった。 ……お父さんも、お母さんも、ずっとぼくをだましてたの? そう思ったら、目の前がぼやけた。 ううっ、みじめすぎる。ぼくはあわててうつむいた。家で奏ちゃんとどなり合いながら泣くのと、ここで自転車を押して歩きながらひとりで泣くのと、どっちがましなんだろう。どっちもやだなぁ。だから何度も何度もまばたきして、何とかこらえた。 そうして前を見たら、向こうからサンタが歩いてきた。 ──って見えたのは、ほんとは間違いで、赤いコートを着た女の子だった。 ひざぐらいまであるコートの、すそと、そで口と、フードのまわりが白いもわもわになっている。でも、おじいさんじゃなかった。たぶんぼくと同じぐらいの女子。それに、空を飛ぶトナカイも連れてなかった。 でも、見慣れない子なのは確かだった。 「……なに? あたしに何か用?」 女の子が、突然ぼくに話しかけてきた。 「えっ、ううん……。何で?」 「だって、きみ、あたしのことじろじろ見てるんだもん」 「……見てた?」 「見てた」 そんなつもりはなかったけど、人のことをじろじろ見るのはいけないことだから、ぼくはごめんって言った。いいよべつに、ってこの子が言ってくれたから、ちょっとほっとする。 「サンタクロースかと……一瞬、思って……」 「はぁ? サンタクロースぅ?」 女の子は声を上げた。ぼくは顔が熱くなった。やだぁ、まだ信じてるの?なんて言われるんだろうか。恥ずかしくて、また涙が出てきそうになる。 でも、そうは言われなかった。 「あぁ、このコートのこと? うん、お父さんがね」 赤いフードをかぶって、女の子はつづける。 「ほぅらお前によく似合うぞって言って、買ってきてくれたの。前から着てたコートがよごれちゃって、新しいの買わなきゃねってお母さんと話してたんだ。じゃあそれはクリスマスプレゼントにねって。そしたら、お父さんお祭りずきだから、こんな色になっちゃって」 女の子はにっこり笑った。 「でも、あたし、このコート好き。かわいいんだもん」 そうだね、とぼくはうなずいた。ほんとに、このコートはこの子によく似合っていて、コートを着たこの子はかわいいと思ったんだ。 「そのコート、お父さんに買ってもらったの?」 ぼくはあきらめきれなくて、つい聞いてみた。 「うん」 「お父さんに、クリスマスプレゼントもらったの?」 「そうだよ」 ……やっぱり、そうなのかぁ……。 下を向いたぼくに、女の子が声をかけてくる。 「どうしたの?」 「ねぇ、やっぱり変なのかなぁ。小六なのにサンタ信じてるって、恥ずかしいことなのかなぁ……」 「うん、変」 ものすごくきっぱりと、女の子は言った。予想してたから、がっかりはしなかった。 「あたしも小六だけど、信じてないよ。信じてない人のほうが多いよね。でも、なかには信じてる人もいたかな。いろいろだよ。だから、べつに恥ずかしくはないと思うけど?」 そう思うのってあたしだけかもしれないけどね、って言って、女の子はまた笑った。ぼくもおんなじ顔してみようとしたけど、あんまりうまく行った自信はなかった。 「あたし、かづき。大島佳月、っていうの。きみは?」 「えっ……えと。久住、映光」 「“えーこ”?」 「“えいこう”。映画の映に、光って書いて」 映画の映に、ひかり、ね。女の子──“かづき”ちゃんはそうくり返して、空中に何か文字を書いて、それでわかったようだった。 「ふぅん。変わってるね」 「そう?」 「うん。おんなじ名前、今まで、聞いたことないもん」 それはぼくも同じだった。 「でも、かっこいい名前だね。似合ってるよ」 「……そう?」 そう言われたのは初めてだったから、ちょっとむずがゆい感じがする。 「ねぇ、久住くんって、小六なんだよね?」 かづきちゃんが訊いてくる。うん、ってうなずいてから、ぼくはふっと引っかかった。 「……あれ? どうしてわかったの?」 「だってさっき言ってたじゃん」 言ったかなぁ、とぼくが考えていると、かづきちゃんは大笑いした。 「小六なのにサンタ信じてるなんて変なのかなって、自分で言ったんじゃない」 「あ、そうか」 「久住くんって、おかしな人ー」 うーん……それはほんとによく言われることで、でも何をどうやったら“変”じゃなくできるのかわからないから、ぼくはいつも首をかしげるしかないことだった。ぼくにそう言う人の、目をじっと見つめて、その人にはぼくがどんなふうに映ってるのか見えればいいなと思うんだけど、いつもあんまりよくわからないんだ。 「あっ、おかしいって、サンタ信じてることがじゃないからね? その……何か、しゃべってて、ノリが、何となく」 かづきちゃんは聞こえないぐらいの早口で言って、少しだまって、また「あっ、だからってべつに、いやだってことじゃないよ」なんて言って赤くなった。ぼくは思わず吹き出した。 そんなにあわてて言わなくても、いくらぼくでも、わかるのに。 でも、何だかすごく、うれしかった。 「あ、それでね。久住くん小六でしょ。あたしもそうなの。昨日、ここに引っ越してきたんだ。だからまだ、友達いないの」 そう言って、かづきちゃんはぼくの真ん前にまわってきた。この子なら、きっとすぐに友達がいっぱいできそうだとぼくは思った。 「久住くんって、学校どこ?」 「北小」 「あぁー、あたし中央小なんだって」 残念だなぁ、と、ほんとに残念そうにかづきちゃんはつぶやいた。 でもぼくは知ってる。 「北小と中央小って、みんな、いっしょの中学に行くんだって」 かづきちゃんの顔が、ぱぁっと明るくなった。ぼくもつられて笑った。 よかった、とぼくは力いっぱい思った。泣かなくてすんだ。よかった。 今急に、サンタの形のお菓子をここまで持ってきてしまったことを思い出して、ぼくはコートのポケットに手をつっこんだ。ケーキの生クリームが、指にべっちょりついた。 「あの、これ。かづ……大島さんに」 あげて、喜んでくれるのかどうか、ぼくは今さら疑問がわいた。でも、またポケットのなかに引っこめたらまるで意地悪してるみたいだから、それもできなくて、手のひらに乗っけたままになってしまう。 「くれるの? あたしに?」 ぼくがおそるおそるうなずくと、かづきちゃんはぼくの手の上のサンタを取った。サンタの足についてる生クリームをうれしそうになめて、それから、半分ぐらいまでサンタをかじった。 「……甘ーい。おいしい!」 「おいしい?」 「おいしいよ。久住くんにもあげる。って、もらったあたしが言うのも変だよね」 そう言って、かづきちゃんはサンタの残りを差し出してきた。それを受け取って、ぼくは食べた。 毎年おなじみのサンタのお菓子だけど、いつもよりちょっとだけ余分に、おいしい気がした。 「ね、ひょっとしてこれって……“間接キッス”ってやつ?」 かづきちゃんがこんなことを言うから、あやうく、サンタを吹き出しそうになってしまった。 赤くなってる(ような気がする、絶対)のを見られたくなくて、ぼくはあわててうつむいた。かづきちゃんはいつまでも、けらけらけらけら、笑っていた。 家に戻ったぼくは、サンタを全部食べちゃったことについて、奏ちゃんからものすごく文句を言われた。ほんとはぼくがひとりで食べたんじゃないけど、引っ越してきたばかりの女の子とふたりで食べたってことは、言わないでおこうと思った。 お母さんのようすは、いつもとどこも変わらなかった。 ただ、今日から、クリスマスのプレゼントは“お父さんとお母さん”がくれるんだ、と思った。そう考えたら、お母さんが、なんだかいつもとちがう人みたいに見えた。 「……ねぇ、お母さん」 お母さんの背中に、ぼくは呼びかけた。 「なぁに、映くん?」 「ごめんね」 気づいちゃったんだ。今、突然。 「ぼく、お父さんとお母さんに、ありがとう言ってなかった。ずっと、プレゼントはサンタさんがくれてると思ってたから、サンタさんにばっかりお礼言ってた。物もらったらありがとうって言わなきゃいけないのに、お父さんにもお母さんにも、ずっと言ってなかった。ごめんなさい」 お母さんは、ぼくに近づいてきた。 「──映くん」 「……ごめんなさい」 「ばかねぇ、この子は。……あのね、いいのよ、そんなことは。映くんが喜んでる顔見るだけで、お父さんもお母さんも、充分なのよ」 「そうなの?」 「そうなの」 ぼくはやっぱりよくわからなかったけど、そう言ってぼくの頭をなでてくれるお母さんの手はあったかくて、背中がちょっとむずむずした。 ***
大島さんとぼくは、約束どおり、ふたりでケーキ屋に入って、小さなケーキをワリカンで買った。 川のよく見える土手に座って、ケーキの箱を広げた。風がちょっと強かったから、かざりが飛ばないように箱の中でがんばって、ケーキを分けた。 「メリークリスマス!」 大島さんが、コップで乾杯するしぐさをしてきた。ぼくも、あわててそれにならう。 ぼくはケーキからサンタをもぎ取って、大島さんにあげた。クリスマスプレゼントはサンタの形の砂糖菓子。それが彼女の注文だったから。 「そうそう、これこれ。ありがとう、久住くんっ!」 「……ううん」 ほんとにこんなものでよかったのかと、今でもやっぱり不思議な気がする。 「ね、久住くん、覚えてる? きみが初めてあたしにくれたのって、これだったんだよ」 覚えてるも何も……あの時のやりとりを頭に浮かべるだけで、いろんなことが恥ずかしくてたまらない。 「あたし、こうやって、半分だけかじってね?」 残りの半分を、あの時と同じように、ぼくに差し出してきた。ぼくがそれをじっと見てると、大島さんはぼくの手を取って、その上にサンタの上半身を置いた。 「せっかくだから、ふたりで食べようよ」 「いいの?」 きみにあげたのに、ぼくが半分ももらうなんて。そうぼくは言ったけど、大島さんは譲らなかった。押し切られて結局ぼくがサンタを口に入れた時、大島さんがものすごいタイミングでつぶやいた。 「これってひょっとして“間接キッス”ぅ?……なんて言ってみたりして」 「────!?」 ……鼻からサンタが出てくるかと思ったんですけど本気で……。 むせて、げほげほ言ってるぼくの背中を、大島さんはあわててさすってくれた。大丈夫、と言おうとしたら、その声がまたせきで続かなくなって何だかすごく情けなかった。 「ごめんね。ありがとう。嬉しかったんだよ、ほんとに」 ぼくの顔をのぞき込んで、大島さんが言った。ぼくは何だかすごく、あったかい気持ちになった。 きみがそんなに喜んでくれて、よかった。 世界中の子どもにプレゼントを配る、ってことになってる、サンタクロース。子供たちの喜ぶ顔のために、寒い中ひたすらプレゼントを配ってまわるサンタクロース。子供たちみんなが待ちこがれてる、赤いコートを着た謎のおじいさん。 ──ぼくは、きみの“サンタさん”になれてるのかな。 そんなことを思って、それはいくら何でもちょっとかゆいかもしれないと思い直して、ぼくはひとりで顔が熱くなるのを感じた。 恥ずかしくてとても口に出せないけど、あの時からぼくは、大島さんにまた会えるのをずっと楽しみにしてきた。早く中学校に行きたいと思ったんだよ、ほんとに。 ──そうか、だからみんな一度は、サンタを信じるんだ。 早く会いたいと待ちこがれる人がいるっていうことは、誰かに何かをしてあげたいと思うっていうことは、こんなに嬉しいことなんだって。サンタを信じる気持ちっていうのは、そういうことなんだって。 だから、恥ずかしくなんかないんだよって、今ならあの時のぼくに言ってやれる。 「……ねぇ、久住くん」 呼びかけてくる大島さんの声は、めずらしく、恐る恐るっていう雰囲気だった。 「もうひとつだけ、ねだってもいい? その……あの時小学生だったから間接キッスだったけど……」 ……えっ。ちょっと待って。 「もう高校生じゃない? だから、その」 「…………」 返事をしようとしたけど、うまく声になってくれなくて、ぼくは前髪のこっちがわから大島さんの唇をそっと見た。 そして、顔を近づけて、首を少しだけ傾けて── ぼくは今でもサンタを信じてるよって。 軽く触れた唇をとおして、伝わればいいなとぼくは思った。 (fin.)
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